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2018'06.28 (Thu)

出雲大社③

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使用カメラ:ソニーα55 
担当:アルパパ

島根県立古代出雲歴史博物館
2007年に出雲大社の東隣に開館。主に出雲大社を中心とした古代出雲についての展示を行っており、荒神谷遺跡から出土した国宝を含む銅剣358本・銅矛16本、銅鐸6個、加茂岩倉遺跡から出土した国宝の銅鐸39個が公開されている。中央ロビーには2000年に出雲大社境内から出土した宇豆柱が展示されており、平安時代の出雲大社本殿を再現したという10分の1の模型が展示されています。

暑くなりそうなので、駐車場の端の方に車を停め、クーラーを付けてまる君はまたまた留守番です。最近のキャンピングカーはバッテリー駆動の家庭用エアコン装備ですが、一昔前のアルキング号は発電機を回してクーラーを稼働させるタイプ。音が大きいので気を使います。

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建物は線を簡素に表し、素材も鉄とガラスというシンプルな組合せ。庭園の樹木にはシイやカシなど常緑の広葉樹が植えられています。

展示物の一部を紹介します(館内は写真撮影可)。
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これは宇豆柱(うずばしら)で、真ん中の心御柱より細い。

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平安時代の出雲大社本殿の 1/10模型。人の大きさと比較すると驚きの大きさ。高さは 48mとも、更に古代には 96mだったという説さえありますが、実際のところはよくわかっていません。因みに、現在のご本殿の高さは 24mです。

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鎌倉時代の出雲大社本殿の模型。写真には 3つしか写っていませんが、現代を代表する 5人の建築史家が復元に挑戦したものです。左端の階段はすごいですね。昇り降りには命綱が必須です。

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現在の出雲大社ご本殿と外宮ご正宮の大きさ比較。改めて、出雲大社の大きさを実感。

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解体された出雲大社本殿の鰹木と千木。人と比べてみてください。

一つずつ紹介していては切がないので、ハイライトへ。
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圧巻! 荒神谷遺跡出土の銅剣・銅矛、加茂岩倉遺跡出土の銅鐸。すべて国宝。

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三角縁神獣鏡(重文)。説明版には、この鏡には「景初三年(239年)」の文字が読み取れることから、中国の歴史書『三国志』「魏志倭人伝」に記載のある魏の皇帝が卑弥呼に下賜した銅鏡百枚の内の 1枚ではないかと書かれていますが、これと同じ銅鏡は中国国内での発掘例がないことから、日本国内で創作され大量に複製されたものという説の方が有力です。(右の王の写真は鏡とは関係ありません)

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スクナビコナ
午後からは、車は博物館の駐車場に置いたまま、まる君も連れて出雲大社近辺を歩きます。
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暫くはまるの好きなところを歩かせます。出雲大社の林の中がお気に召したようですが、いつまでも、まる君に付き合ってもいられないので、ねこるんに押し込めて、次の目的地へ向います。

今回の旅行は、オオクニヌシとスクナビコナにご挨拶することが目的ですが、スクナビコナは、出雲大社の摂社にも末社にも祀られていません。スクナビコナはオオクニヌシを助けて出雲の国造りをしたオオクニヌシのパートナーであることを考えると、とても不思議です。で、どこに祀られているかというと、出雲大社のすぐ隣の北島国造館の天神社(てんしんしゃ)にお祀りされています。

北島国造館
まず、北島国造館の説明を。今の出雲大社の宮司は千家氏ですが、これは明治以降のこと。元々は、出雲国造家が出雲国の行政権と出雲大社の宮司としてその富を握っていたのですが、1340年ごろお家騒動があり、出雲国造家を二分する紛争に発展してしまいました。この事態を重く見た守護代が、両者に働きかけ、年間の神事や所領、役職などを等分するという形で和解させ、1344年以降、千家氏、北島氏と称して国造家が並立し、19世紀後半の幕末まで出雲大社の祭祀職務を平等に分担していました。しかし、明治時代になると、出雲大社自体は内務省神社局の傘下で官幣大社となり、千家氏は「出雲大社教(いずもおおやしろきょう)」、北島氏は「出雲教」と、それぞれ宗教法人を主宰して分かれ、出雲大社の宮司は千家氏が担うことなりましたが、第二次世界大戦後の 1951年、出雲大社が国家管理を離れた後に、出雲大社教は出雲大社に復帰合併して今日に至ります。ということで、現在の北島国造館は出雲教を主宰する宗教法人であり、出雲大社の東隣にあります。
出雲経のwebsiteから
「出雲教は大国主大神様の祭祀をつかさどられる天穂日命の子孫、出雲国造家のお祭りの道を通じて信仰を捧げる教団であり、幽冥のことをつかさどられる大神様の御心に従いその御神徳を広めるとともに出雲大社をお護りしています」

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真名井社家通り沿いの北島国造館の正面入口。

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まるを連れているので、アル一家は正面を避けて、出雲大社から続く西の四脚門側から中に入りました。ここから入って突き当りの右手が四脚門、左手に進むと北島国造館の一番奥の方に出ます。


亀の尾の瀧と天神社(てんしんしゃ)
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北島国造館の一番奥には亀の尾の瀧と呼ばれる小さな美しい滝があり、池が広がっています。そして、池の中の島の天神社にスクナビコナが祀られています。
ここは今回の旅行のもう一つの重要ポイントですから、アル姉に集中してもらいました。昨年 11月に訪ねた大神神社の摂社・磐座神社ではアル姉は身体が揺さぶられたのですが、ここでは一転、身体の中心軸を通すように姿勢を正すような力を受けたそうです。そして、いよいよメッセージが降りてくるという雰囲気のときに、結婚式の写真撮影の一団が近くで声を発し・・・て、集中が途切れてしまいました。残念ですが、またの機会に・・・。ということで、次の場所に向うことにしました。

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池の奥、天神社の方から中庭を見たところです。ご本殿の前に茅の輪が見えるようですね。少し早いように思いますが、夏越の祓(なごしのはらえ)の準備でしょうか。

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再び、四脚門側から出て真名井社家通りを命主社を目指して東へ進みます。


命主社(いのちのぬしのやしろ)
出雲大社の摂社、正式名称は「神魂伊能知奴志神社(かみむすびいのちぬしのかみのやしろ)」で造化三神の一柱、神皇産霊神(かみむすびのかみ)が祀られています。巨岩の前に建てられていることから、古代の磐座が神社に発展した例として貴重な神社。

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命主社の前には、推定樹齢1000年といわれるムクの巨木があります。高さ17m、根本回り12mもあり、島根の名樹に指定されています。中々の迫力です。

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命主社へ向うまる。


真名井の清水
命主社から更に東へ向うと真名井の清水があります。
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出雲大社の神事に使われる聖水です。ここから、博物館の駐車場へ引揚げ、次へ向います。まる君は暑さのため、口を開けて息をしています。


出雲井社(いずもいのやしろ)
博物館の駐車場から 300mほど東の「みせん広場」駐車場まで移動し、そこから 300m東の出雲井社までは、また歩いて向います。本日はこれが最後です。まる君は暑さでバテているので、車の中で休憩です。

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出雲井社のご祭神は岐神(くなとのかみ)。日本神話に出てくる岐神の役割は説明板の通りですが、本来、岐神は古代出雲族が信仰した大神様。言ってみれば、オオクニヌシがお祀りした大神様です。桜の木々に囲まれた気持ちのよい場所に鎮座しています。

この時点で、既に、15:00は過ぎており、とても一畑薬師は無理。


島根ワイナリー
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行き先を一畑薬師から島根ワイナリーに変更です。

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人のいないときを狙って写していますが、本当は大変な賑わいです。お土産にワインを買って、帰路へ。出雲大社をじっくりと堪能した 2日間でした。


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