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2018'05.13 (Sun)

宮崎旅行② 美々津

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使用カメラ:ソニーα55 &iPhone6s
担当:アル姉

4/30(月)
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前回の記事で書きそびれたのですが、実は前日チェックインして間もなく、愛しのまるが脱走しました 電源コードをつなぐことに一生懸命だったアルパパが運転席のドアを開きっぱなしにしていたのです。私も母もすぐに夕食の準備に取り掛かっていたのでドアが開きっぱなしとは思いもせず。まるにご飯あげなきゃという時間になってやっと気づいた始末。

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「あれ、まるは?ご飯だよ~」
「まるがいない!?」
「ドア!運転席開いてるじゃん!!」
全員車から飛び出して周囲を探し回ったところ幸運にも即発見・捕獲できました。まるはアルキング号の真下で小さくなってたのです。いざお外に出てみたものの周囲にはたくさんの人の気配もあって動き回ることはできなかったようです。ほっとした瞬間涙が出ました。今まであんなにドアの開閉に注意を払ってきたはずだったのに、運転席全開に誰も気づかないという大失態。全員の責任です。慣れてくる頃が一番危ないんだなと痛感しました。

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しかしこの脱走に味を占めたらしく、まる君はこの後から事あるごとに脱走しようとするようになるのです さらにこの後、運動不足かなーと夜のキャンプ場を散歩させたのもいけなかったのかも。「夜のお外って楽しいニャ!」と嬉々として歩き回ること1時間。まるにとっては未知の扉を開けてしまったのかもしれません。今回は本当に運が良かっただけで外に出てそのままいなくなってしまう猫ちゃんだってたくさんいるのです。猫連れの旅行は危険と隣り合わせ。気を引き締めて旅行しなくてはと思い知らされました。

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そんなこんなで日向サンパークACで迎えた観光二日目の朝です。キャンプ場の中はまる君の奴隷となって何十分もお散歩したのですが、柱状節理を観察できる海沿いの遊歩道があることなどまったく気づきませんでした

さてさて、天気予報は「曇りときどき雨」ですが観光は美々津の町歩きからスタートです。小雨がちらついているのでまる君はしばしお留守番です。長くなってしまったので覚悟してお読みくださいね。
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日向市美々津重要伝統的建造物群保存地区
神武東征御船出の地として知られている美々津の町は日向市の南端を東に流れる耳川の河口に位置する港町で、江戸時代から幕末にかけて高鍋藩の商業港として、京阪神との経済・文化の交流で隆盛を極めた町でした。町並みの南の方に駐車場がありましたので車はそこへ停めました。トイレも重伝建の観光地図もあったので観光駐車場なのかな。

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駐車場からさらに南に進んだところに「神武天皇御舟出の地」という碑があります。ここがお舟出の地なのかと思いきや、出発地は北へ2キロ先に行った耳川河口の港のようですね。

それでは重伝建の町並みに向かいましょう。
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駐車場から数百メートルほど歩くと道路が途中から石畳に変わります。

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この石畳は景観に合わせて修景したもので復元したものではありません、と書かれていました。さすがにそれはわかります(笑) でも一部に昔の石も移転復元してあるそうなので楽しみです。

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旧中町共同井戸。今更気づきましたがこの南北の通りは中町通りなのかな。

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cafeふらり。焼き立てのパンを売っていました。

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日向歴史民俗資料館。大人210円。中には入らなかったのですがスタッフの方が、美々津が千石船を有した廻船問屋により栄えたことや廃藩置県直後の2年間ほど美々津県県庁が置かれたことなどを教えてくださいました。

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歴史資料館は安政2年(1855年)河内屋という廻船問屋が建てたものを修理復元した建物です。

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写真奥は天保11年(1840年)に建てられた岡部家住宅。特に案内看板はないので見所はちょいちょい見逃します(苦笑) 

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小雨がちらつく平日の午前中ということもあって、観光客はほとんどいません。

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妻入・平入の町家が建ち並びます。軒を支える持ち送りはマツラ、折り畳み式の床机はこバンコと呼ばれ、ポルトガル語でベンチを意味する「banco」に由来するそうです。

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町歩きの間に目にしたほぼすべての家にあったのがこの木製の郵便受け。神武天皇が使用したと伝わる古船が描かれていています。中にはオリジナリティあふれるカラーリングで装飾されたものもありました。

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北の一角だけ石畳が違う露地があります。

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おそらくここが昔の石畳を移動復元した露地なのでしょう。歩きにくいけれどこの方が風情があって素敵です。

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北の突き当りが美々津港。

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日本海軍発祥之地の碑。

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美々津港は神武天皇が東征する際に出港した場所として伝説が残っています。なるほど、神武天皇が率いた大水軍が最初の海軍というわけですね。

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立磐神社。
「当社は神武天皇御東遷の際、美々津港よりお船出に当り、御航海の安全を御祈念せられて、この埠頭に住吉大神とも申し奉る、底筒男命、中筒男命、表筒男命の三柱の大神を奉斎し給うたとて、第十二代景行天皇の御代に創祀されたものである。」

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神武天皇御腰掛岩。神武天皇が東征の御船出にあたり、この岩に座り陣頭指揮された場所とされるそうです。

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社殿。

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境内に立つ巨楠。根元に洞があり中には小さな赤い鳥居。

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境内には柱状節理も見られます。社殿の裏手にも実は大きな柱状節理の岩が立っていてそれが立磐神社の由来ではないかと言われているそうです。御神体のようでしたので写真は控えました。

立磐神社で参拝を終え、先ほどまで歩いてきた通りの一本西の通り(上町通)を今度は南へ歩いて行きます。
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雑貨&カフェ「民」

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美々津軒。明治初期の廻船問屋であった旧矢野家を修理復元した建物。無料だとは思わずスルーしてしまいました。中に入ってみれば良かったかなぁ。

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美々津まちなみセンター。昔呉服屋さんだった建物。座敷などは無料の休憩施設になっているようです。観光案内所のような感じかと思ったら中ではおばあちゃんが飴玉やら駄菓子を売っていました。

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高札場跡。

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「みみつまちなみご案内書」という箱が置かれていて、この中からようやく町歩きのパンフレット的なものをゲットしました。単色両面印刷のA4用紙一枚でMAPと美々津の歴史などが書かれています。

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高札場横の坂道を上ると美々津県庁(御仮屋跡)のあった高台です。旧県庁時代の門柱跡はわかったのですが県庁跡を示す碑を見つけられませんでした。美々津は、廃藩置県後、日向国北部~中部に置かれた県でした。しかし明治6年には政府は美々津県と都城県を合併して宮崎県を置いてしまうのです。美々津県というのはなかなかに短命だったようです。そして政府は明治9年8月に宮崎県を鹿児島県に併合するものの、やがて分県運動が起こり、明治16年には現在の宮崎県になったということ。この辺りのことは歴史資料館のスタッフさんが教えてくださいました。

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県庁跡から見た美々津の町並み。今では割とこじんまりとした印象ですが、江戸時代には廻船問屋や商家が立ち並び、美々津千軒と言われるほど栄えた港町でした。最初に見た「神武天皇御舟出の地」の説明看板によると真ん中に見える小島と右の島(写真ではわかりにくいですが灯台があります)の間を神武天皇がお船出されたと言われています。

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上町通り。向かって右側(西)は駐車禁止の看板がありました。

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【上町】 江戸時代の豊後街道にあたる道筋です。明治時代の平入・大壁作りの町家が多く、寺院も建てられています。
【中町】 上町に次ぐ繁華街で、江戸時代に建てられた妻入・平入の大壁作りの町家があり、商人町として栄えました。
【下町】 度重なる津波によって南部の道路や町家は流失しています。現在の町並みは明治時代以後に成立したものです。
【上別府】 標高30mの高台にあり、藩主の仮屋跡や緑地帯があり、異国船警護の役割を担った台場跡も残っています。
【新町】 京都醍醐寺の三宝院庭園を模倣した県指定名勝「橋口氏庭園」があります。

帰る直前にやっと見つけた重伝建の説明看板でした。上町筋から観光すれば早めに情報を得られたのかもしれませんが・・・。

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上町共同井戸。

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美々津では上町・中町・下町の筋に直交して東西方向に細い通りがいくつか設けられています。これはツキヌケと呼ばれる防火路であり、火災が起きた時に延焼を食い止めるためのもの。

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平入の町家が多いとありましたが確かに北の方は平入が目立つのですが南にいくと妻入りの町家もちらほら。

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小雨の中、一時間少々で町歩き終了となりました。我が家にしては重伝建の町歩きとしてはとても短時間で終わりました。美々津自体あまり大きな町ではないですし、説明看板なども少ないので足を止める機会が少なかったからかもしれません。あまりにも観光地化されて人でごった返した重伝建も興ざめですが、静かな古き良き町並みとも言い切れず、美々津は今ひとつ何かが足りない感じがしました。

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車に戻るとお留守番のまるくんがすやすやと寝ていました。

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雨もあがったしお散歩に行こうかな。

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砂浜を歩くのはもしかしたら初めてかな。

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砂の上の感触に戸惑いながら最初はおっかなびっくり歩いている感じでした。

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感覚がつかめてくると突然走り出します!

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まるを散歩させたのは駐車場からすぐの美々津海岸。ちょっとした公園のように整備されていました。

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まるくんは町歩きはできなかったけど美々津の海辺が気に入ったようでした。お散歩中にすっかり雨雲もどこかへ行ったので昼食をとって午後からは西都原の観光です。

腱鞘炎かなぁ?ちょっと指が痛むので次回の記事はアルパパにお願いしようと思っております。

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