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2017'06.09 (Fri)

福岡旅行⑨  4日目 糸島

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使用カメラ:ソニーα55
担当:アル姉

5/3(水) 
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道の駅うすいで迎えた4日目の朝。道の駅が隣接する道路は夜中もトラックや車がガンガン通る道路だったので車中泊向きではなかったかもしれません。さて、この日の目的地は糸島、宿泊地は宗像なので2回博多の街を通らなくてはなりません。よりによって博多どんたくの日だったのでどうなるかと思いましたがそれほど混雑することはありませんでした。

糸島ドライブに行くにあたってアル姉が行ってみたかった場所があったのでわがままを言って寄ってもらいました。

今津運動公園
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ここは駐車場として利用させてもらいました。とても綺麗な公園です。この公園から徒歩3分と書かれていたのですが、公園の駐車場がたくさんあって奥のほうに停めてしまうと3分どころでは到着しません。しっかり10分近く歩きました。

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今津の松原の中を歩いていきます。何か字が現れた!?と期待して見ると「保安林を大切に」の文字でした。

そして間もなく到着。
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金網に囲まれた中にひっそりとありました。これ、何だと思いますか?

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実はこれ、元寇防塁と呼ばれるものです。

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鎌倉幕府が蒙古襲来(元寇)に備えて築かせたもので、底辺3m、上辺2m、高さ約3mの石垣が博多湾沿岸一帯(今津から東の香椎浜まで)に約20kmにわたって作られました。弘安の役の際、この防塁が築かれたところからはモンゴル・高麗軍は一切上陸することが出来なかったと言われています。

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一部は掘り起こされしっかりと復元された状態ですが、このように上部だけがのぞいているだけの場所のほうが多いです。

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この今津地区のほかにも生の松原、西新などでも元寇防塁跡を見ることができます。今回はせっかく九州まで来たのに大野城にも名護屋城にも行けないということだったので、この元寇防塁の遺構を見ることで妥協しました。しかしどこも駐車場が整備されていないのが残念。せっかくの貴重な遺構ですからもっとアクセスしやすいように整備をしてもらいたいですね。

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元寇防塁と駐車場にした今津運動公園の位置関係はこちら。乗用車でしたら海岸沿いの多目的広場に駐車することもできるかもしれません。

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元寇の真実。果たして神風は吹いたのか? by アルパパ

アル姉から、「元寇について何かある?」と聞かれたので、教科書の記述を覆すような真実を!

時代は、またまた、このブログでは何度も登場してお馴染みになったフトニ大王の頃まで遡ります。フトニ大王が吉備国に去った後の磯城王朝では、クニクルが大王につきます。これが孝元天皇です。

話を先に進めるためには、これまで述べてこなかった時代背景について触れる必要があります。
物部イクメ王による東征については既に述べましたが、これは第二次東征で、それ以前にも、物部氏は大和進出を目指して、第一次東征を試みています。その時は、瀬戸内海を通らず、四国沖を通り紀ノ川に上陸を試みますが、阻止されて更に海沿いに東に進み熊野に上陸します。ここに何とか拠点を作った物部氏は、険しい紀伊山地を越えて、しばしば大和へ攻め入ります。これを繰り返すうち、大和の王たちの中には、物部氏に呼応する者たちも現れるようになり、物部氏は大和南部にも足懸りを持つようになり、次第に無視できない勢力になっていきました。

そういう時代背景の中で大王となったクニクルは物部氏に融和的でしたが、大和の出雲族を代表する名門・登美家のクニアレ姫との間に生まれた長男・大彦は徹底した物部嫌いでした。余談ですが、大彦の妹にはあの有名なモモソ姫(ヒミコ)がいます。記紀の述べる家系図は出鱈目です。
話を端折ります。次期大王と目された大彦ですが、徹底した物部嫌いが災いして、やがて、親物部派から攻撃されるようになります。仕方なく、難波の三島(高槻市)へ逃れた大彦は、ここで近くの山の名を取り、安倍氏を名乗ります。更に、追われて琵琶湖まで逃れますが、更に追われます。ここで、大彦は息子のヌナカワワケ(先祖の事代主の妃であったヌナカワ姫の名に因みます)と別れ、大彦は北陸方面に、ヌナカワワケは伊賀を通って東海方面へと落ちのびていきます。静岡県の三島は、ヌナカワワケが東へ向かう途中、故郷の難波・三島に因んでつけた名前です。大彦は信濃で亡くなりますが、その軍勢は東進を続け、ヌナカワワケと陸奥で合流します。この地名が会津として残りました。ようやく奥州以北に地歩を得た安倍氏は、津軽半島を拠点とし、ここに安倍王国を築きます。その後、平安時代には、安倍氏の一部は、奥州北部に拠点を移しますが、前九年役、後三年役で源氏と対立抗争を繰り返し、次第に衰えていきます。前九年役、後三年役は蝦夷征伐といわれていますが、それは真実ではありません。これまで一貫して述べてきたように、原日本人である出雲族追い落としの最終戦だったのです。そして、安倍氏は、鎌倉時代には、津軽半島の十三湊(とさみなと)を拠点に安東氏を名乗りますが、鎌倉時代後期には執権政府の支配下に入り、安倍王国は消滅してしまいます。そして、これが出雲族の王国の終焉ともなりましたが、我々、日本人のDNAには、出雲族のDNAがしっかりと残っています。これで、出雲族の話はおしまいです。

この辺りから、元寇(元による侵略)の話になります。元寇は 1274年と 1281年の二度ありました。二度とも神風が吹いて元の軍船は海底の藻屑と消えたといわれていますが、真実として伝わる話は違います。
元寇に対して鎌倉政府は、既に、支配下に入っていた安東氏に出動を要請します。何故かというと、当時、安東氏は安東船と呼ばれる優秀な船と水軍を擁していたからです。安東氏はこれに応えて出動します。それに加えて、前九年役に敗退して肥前松浦に移り住んでいた安倍宗任(松浦氏を名乗る)も参加しました。
当時、羽後国では石油が採れました。安東氏は樽に石油を詰め、これを安東船に積み込んで、夜陰に紛れて蒙古船に近づき、石油をつけた松明を投げ入れ、多くの蒙古船を焼き払ってしまいました。この安東氏、松浦氏のゲリラ戦により、多くの蒙古船が被害を受け、残った蒙古船は引き揚げてしまいます。
一部の蒙古船は、安東船を追って十三湊に上陸したようですが、退けられてしまいます。その蒙古兵のことが、今も、津軽地方の子守歌に歌われているという。また、この戦の後、松浦党の一部は祖先の地出雲に移り住んだといわれています。
このように、安東氏、松浦氏の活躍により窮地を脱した鎌倉幕府ですが、安東氏、松浦氏に恩賞を与えることもなく、無視したようです。

その後、1341年の日本海大津波により、十三湊の町は全滅、安東氏も衰亡してしまいます。

安東船
安東船。
1613年に仙台藩主伊達政宗がフランシスコ会宣教師ルイス・ソテロを正使、支倉常長を副使として、スペイン国王フェリペ3世、およびローマ教皇パウルス5世のもとに派遣した遣欧使節が乗った船は、この安東船を参考にして造られたといわれています。

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さて、続いて今日のメインである糸島へ。
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さきほどの今津地区は糸島半島の入り口あたりです。糸島は最近人気のスポットなのだそうで、海沿いのドライブコースにはおしゃれなカフェが立ち並んでいます。

二見ヶ浦
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日本の渚百選、日本の夕陽百選。二見ヶ浦には無料の駐車場がありますがさすが本格的にGWに突入していただけあって満車で駐車待ちの渋滞が起きていました。

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夫婦岩。二見ヶ浦には桜井神社によって伊弉諾と伊弉冉が祀られています。二見ヶ浦の夫婦岩というと何だか伊勢の二見浦を思い出しますね。

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綺麗で澄んだ水。磯の香がします。

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この日はとても暑くて水の中に入って遊んでいる子供たちがたくさんいました。

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二見ヶ浦で海を見ながらのカフェランチを提案しましたが見事に却下されました。アルパパもアルママも高いカフェ飯より自家製オープンサンドで十分なのだそうです・・・。

少し進んで次は野北海岸の見える展望台へ。
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夏は海水浴場として多くの人が訪れるそうです。水遊びをする親子連れの姿が見えますね。ここから海岸に降りるのは少し遠そうなのでもう少し移動します。

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野北海水浴場の西の端の方まで行くと無料の駐車場らしき空き地があったので停めて海岸へ降りることにしました。KEYA POINTという看板。どうやらここは野北というよりは「芥屋(けや)」になるようですね。

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海岸線の角度のせいか野北海岸に比べると波が高いように思えます。

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サーフィンをしている人も見られました。糸島には4つのサーフポイントがあって北部九州を代表するサーフィンのメッカなのだそうです。

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それほど高い波は来ていないようでしたが乗れるのですね。

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あまりにも暑い日だったので足だけでも水につかりたい気分でした。タオルも何も持ってこなかったのであきらめましたけど残念だな~。

芥屋の大門(けやのおおと)
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最後は芥屋の大門と呼ばれる景勝地に向かいました。駐車場にたなびく・・・ことなくぶら下がる鯉のぼりたち。

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太祖神社。御祭神は天照皇大神、伊邪那岐大神、伊邪那美大神の三神。綿積神社、産屋神社を合祀。

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海に向かう途中、にゃ~んという鳴き声とともに黒い影が。

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アル姉の周りをぐるぐる回って鳴き続け、ごろんとお腹を見せてくれます。とてもあたたかくて人なつっこい子でした。この子に会えただけでも来た甲斐があるというものです
実はこの日はアルの命日だったので朝からずっとアルのことばかり考えていました。今どうしてここにアルが居ないんだろうとちょっと泣きそうになったりもしていたので、この猫ちゃんが撫でさせてくれてずいぶん慰められました。「泣き虫のアル姉を慰めてやってよ」ってアルが猫ちゃんにお願いしてくれたのかな。

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「大門神窟」という額の鳥居がありました。芥屋の大門

肝心の芥屋の大門なのですが・・・
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あれ?もしかして陸からは見えない感じ???
アルパパに任せて下調べを怠ったアル姉は急いでスマホをポチポチ。

「玄海国定公園を代表する名勝奇岩として全国的に知られています。日本三大玄武洞の中でも最大のもので、六角形や八角形の玄武岩が柱状節理(ちゅうじょうせつり)をなして、玄海灘の荒波にそそり立って(高さ60m)います。海蝕(かいしょく)によってできた洞窟(間口10m、奥行き90m)は、黒々と玄海灘に向かって口を開き神秘的な景観を呈しています。芥屋漁港から遊覧船で約20分、紺碧の海と洞窟内の蜂の巣状の天井など大自然が造り出したアートを楽しむことができます。
 玄武岩円礫(えんれき)が大門(おおと)を中心に東側1000m、西側800mにわたって連なり黒磯と呼ばれています。昭和41年には、国の天然記念物に指定されています。」


ふむふむ、洞窟の部分は海に向かって口を開けている?え、じゃあここから見えないじゃん

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柱状節理ははっきりと見えるんですけどね。洞窟は遊覧船に乗らなくては見ることができないようです。

こちらはフリー素材からお借りしてきた芥屋の大門の写真です。
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遊覧船に乗るとあの洞窟の内部まで連れて行ってもらえるそうです。

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仕方がありません。海がダメなら山へ・・・。というわけで展望台の方へ登っていきます。

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芥屋の大門展望台からの景色。大門の真裏ですから見えるはずもありません(苦笑)

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反対側は黒磯海岸と呼ばれる玄武岩からなる海岸です。少々がっかりしつつも芥屋の大門はこれで終わりです。


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再び博多の街を抜け、次の目的地へ向かいます。博多港に寄港しているクァンタム・オブ・ザ・シーズを見ました。約16.8万トン、全長:348m、全幅:41m、乗客定員はなんと4180人。アジア最大級大型クルーズ船です。都市高速の上からですが生で見ることができて大興奮でした。博多港というのは年間300隻ほどのクルーズ船が入港し、中国からの観光客も日本で一番多く寄港する港なんですって。大宰府の混み具合に納得ですね。

お次は神社なのでアルパパとバトンタッチです。

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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

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