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2016'11.20 (Sun)

島根旅行 Part5 石見銀山 銀山地区その1

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使用カメラ:ソニーα55
担当:アル姉

島根旅行 Part4 石見銀山 大森地区の続きです。

11/04(木)
さて、午後からは銀山地区の観光です。
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銀山地区には間歩(まぶ)と呼ばれる横穴式坑道が点在し、精錬所跡もあります。目玉とも言える龍源寺間歩までの2.3kmは徒歩なら45分ということですが、すでに2時間以上歩いていますし自転車を借りることにしました。

Bの銀山公園に駐車しているので利用したレンタサイクルは弥七さん。龍源寺間歩まではずっと上りということで薦められたのは電動自転車。2時間700円です。普通自転車は3時間500円・・・比べるとお高いのですが皆さん電動を選択しますし、店先でスタンバってるのはほぼ電動です(笑)
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アルママが自転車に乗るのは萩観光以来数年ぶりです。おまけに電動は初めてなので危なっかしい。

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でも段々慣れてきて楽しそうに乗っています。

下河原吹屋跡

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江戸時代初めの銀精錬遺跡。日本で初めて伝えられた製錬技術「灰吹法」で銀を取り出していたことがわかった貴重な史跡なのだそうです。

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お隣の休憩所が綺麗に紅葉し始めていました。

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銀山地区は大森地区に比べてお店が少ないほうですが、ところどころにカフェやこんなお店があります。

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銀山地区の道。自転車は遊歩道に出入りが禁止なので一般車道を走ります。半分くらいまでくるとこういう林間の道になり、さわやかでとても気持ちがいいです。坂が急なところもあり電動アシストにして良かったと思いました。

福神山間歩
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石見銀山にある600あると言われる坑道のひとつ。中には入れません。一時期「御直山」と呼ばれた代官所直営の間歩にもなりましたが、山師個人が経営した「自分山」だったそうです。

甘南備坑
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間歩と言わず○○坑と言う名前になっている坑道は明治以降のものに多いそうです。ここでは銅がとれました。

龍源寺間歩
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20分ほどで一番奥の龍源寺間歩に到着。自転車置き場からは少し歩きますが林間の気持ちのいい道でした。料金は大人410・小人200円→WAONカード払いで300円・150円です。

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永久、大久保、新切、新横相間歩とともに代官所の直営で「五か山」と呼ばれていた間歩で年中一般公開されているのはここだけです(大久保間歩も4月~11月の金土日のみ限定で公開されています)。全長は600m。昔は行き止まりで引き返していたそうですが、現在は途中から新しく開削した栃細谷新抗(とちばたけしんこう)を通って出口に向かう形になっています。

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入口の近くにもたくさんの間歩が存在します。間歩の入口は本当に狭く、人がこの中に入って採鉱をしていたというのが信じられません。

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龍源寺間歩内部。天井の高さは170cm前後でしょうか。背の高い人はぶつけてしまいそうです。湿度が高くじっとりしています。これでも狭いなぁと思いつつ進んでいたのですが、この間歩の観光コースは観光のために元々あった坑道を広げてあるのだそうです。実際の坑道は小柄で細身の人がやっと一人通れる程度のとても狭いものなのです。

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ひ押し坑。メインの坑道からいくつも伸びる横穴。

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横だけでなく、上下方向に延びる斜坑もあります。鉱脈に当たるまで横穴を掘り、当たったらひたすらそれを求めて上下に掘っていったそうです。

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上方向に伸びるひ押し坑です。生で見るとその狭さに驚きます。銀が出る限り掘り進めるとはいえ、人が本当にここを這い上がり、ノミで掘削する作業ができたなんて信じられないほどです。一日にどれくらいの距離を掘れたのかというと、複数の人が24時間交代で掘ってやっと30cmだったそうです。ガイドさんのお話では30cmがノルマであり、それが達成できなければ賃金が支払われなかったので皆必死で作業をしたんですって。

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真下にある永久坑道まで100m垂直に掘られた排水溝。

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観光坑道の突き当たりには本来の横相が続いていますが先のほうで落盤しているため立ち入り禁止となっています。幅90cm高さ2mと書かれていましたがもっと狭く見えます。大人の男の人にはとてもきつそうです。当時の鉱夫さんたちはどのくらいの体格だったのでしょうか。

石見銀山で働く鉱夫は下級武士程度の賃金がもらえていたそうです。そして鉱夫の家族には手厚い福利厚生制度があったとのこと。しかしながら寿命はおよそ30歳程度。坑内のガスや湿気、粉じんの中で長時間過酷な労働をするわけですから、肺を病んで亡くなっしてしまうのです。家族に手厚い福利厚生制度があったといえ、子は10歳にもなれば使い走りの手子(てご)として鉱山に入り、技術を身につけ鉱夫になっていき、いずれ父親と同じ運命をたどることになります。ガイドさんのお話はまさに私の知りたかった鉱夫さんたちの話でしたが、真実を聞かされると何ともやるせない気持ちになりました。でもお話を聞けて良かったです。大森地区の町並みは銀によって繁栄した町の面影を見ることが出来ますが、実際に鉱山で働いた人々の暮らしぶりは想像できませんでしたから。

さて、600mの観光坑道を見学したあとは
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栃細谷新抗を通って外へ。

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途中にはさまざまな解説パネルがあってとても勉強になりました。排水している図などかなり興味深いです。

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龍源寺間歩の平面図。

外にあった石見銀山の鉱床についての説明パネルです。
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龍源寺間歩の下に永久坑という文字が見えます。永久坑は御直山として元は泉山に採掘された坑道。当初は龍源寺間歩の水抜き坑として開発されたものでした。龍源寺間歩が江戸中期に採鉱され、永久坑道は江戸中期~大正年間に採鉱されました。

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昔石見銀山では銀などの鉱石のことを福石と呼んだそうです。福石鉱床は銀がむき出し状態だったというのだから驚きです。

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永久鉱床の説明文。

非常にざっくりとした図ですが参考までに。
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石見銀山も最初は露頭掘であったそうです。これは表面の銀鉱脈を採るわけですがすぐに採り尽くしてしまいますよね。そして次第に鉱脈沿いに掘っていく「ひ押し」へと移行します。しかし、地中深くまで掘って行くと地下水が湧き上がり作業を続けられなくなりました。そこで排水を兼ねた「横相(よこあい)」という水平坑道が掘られるようになっていったのだそうです。横相は鉱脈に対して直角に坑道を掘る方法で、掘っていく間に複数の鉱脈にあたることが出来て効率もいいのですが、鉱脈の位置を測量で把握した上で進めていくのですから当時の測量技術が優れていたのがわかります。

龍源寺間歩は予備知識やガイドさんの有無で印象ががらりと変わる観光スポットかもしれません。何気なく行くのではなく、学ぼうとする姿勢が大事だと感じました。

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石見銀山の当時に思いを馳せながら外へ出たら、川に何やら吊るされていました。きゅうりです。カッパを捕獲するんだそうですよ(笑)

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龍源寺間歩の出口から佐毘売山神社が建つ谷一帯の説明看板です。寺社や集落、間歩などが点在していたようです。

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佐毘売山神社。ご祭神は金山彦命(かなやまひこのみこと)、鉱山の神様です。石段に向かって左の谷が出土谷、右の谷が昆布山谷、龍源寺間歩出口のある場所を含めた川の流れる背後が栃畑谷。

さて、ここから引き返して残りの銀山地区の観光ですが長くなったので分割させてください。
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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

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