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2016'10.29 (Sat)

山口旅行 Part5 岩国その1

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担当:アル姉

10/8(土) 岩国へ
3日目は道の駅蛍街道西ノ市を出発し、高速道路を使って一気に岩国へ向かいました。
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利用した駐車場は錦帯橋のたもとの河川敷でキャンピングカーでも楽々駐車できます。300円也。

錦帯橋
宝元年(1673)第三代岩国藩主吉川広嘉により創建されたもので、現在の橋は四代目。 錦川に架かる五連のアーチを描いた木橋で、長さ193.3m幅5m。 木と木の組合せによって支えられ、巻金とかすがいが使われています。日本三名橋や日本三大奇橋に数えられている有名な橋です。技術などの詳しい説明は【錦帯橋】岩国市公式ホームページをご覧ください。
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木造でこれだけ立派で美しい橋なんて見たことがないです。川の流れを整えるために敷かれている石畳もとても美しい

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今日はじっくり観光する予定だったので錦帯橋・ロープウェー・岩国城のセット券を買いました。セット券は大人940円・小人450円です。参考所要時間 は約1時間30分〜2時間と書いてありました。まだ朝も早いので観光客はまばら。ゆっくりと橋を渡ることができました

槍倒し松
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槍倒しは「やりこかし」と読みます。橋を渡ってすぐの橋のたもとにある老松です。参勤交代で大名行列が藩の要所を通る時は、槍を倒すのが礼儀でしたが、岩国はわずか6万石の小藩のためか大藩は槍を倒さずに通ってしまうのだそうです。そこで、わざと立派に成長した松の木を橋のたもとに植え、嫌でも槍を倒すようにさせたという話です。岩国武士の負けず嫌いを表す逸話ですが史実がどうかは謎です。

巌流ゆかりの柳
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佐々木巌流小次郎は宮本武蔵との勝負に敗れましたが、小次郎の「つばめ返し」の剣法は天下無双であったということです。吉川英治氏は小説『宮本武蔵』のなかで、岩国で産まれた小次郎は、母からの家伝の長光の刀(一名物干し竿)を授かり、この辺りの柳とつばめを相手に独りで工夫し、努力を重ね、遂に『つばめ返し』の術を編み出したと記しています。(看板より)

町歩きは後回し、橋を渡ってまず向かったのは岩国城に行くためのロープウェーです。
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15分間隔での運行です。お隣には岩国美術館。戦国時代の武具と刀剣などが展示されているそうですが今回はパスかな。

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ロープウェーからの眺め。岩国城土居跡に整備された吉香公園と旧目加田家住宅が見えます。反対側は同じく土居内に建てられた旧藩時代の櫓を模した錦雲閣とお堀。

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頂上にある案内板。

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広くて綺麗なバリアフリーの道もありますが、ここはあえて山道コースで。

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残念ながら現存の遺構ではないと思われますがやはり登城するなら石垣を見ながらがいいです

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大手門と二の丸広場(花木園)

岩国城天守
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岩国城は、初代岩国領主吉川広家によって慶長13(1608)年に作られた山城で、眼下を流れる錦川を天然の外堀にし、標高約200メートルの城山山頂に位置していました。3層4階の桃山風南蛮造りでしたが、築城後8年で一国一城制により取り壊されました。現在の天守は、昭和37(1962)年に再建された4重6階の鉄筋コンクリート造の天守です(外観復元)。

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内部は武具などの展示館になっています。

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錦帯橋の模型。裏の構造がよく分かるように鏡に反射させています。

天守の展望台から
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錦帯橋と錦川。この日はお天気が下り坂の予報で、すでに霞がかかっています。

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外へ出ていかにもな看板を入れて一枚。なんだか安っぽくなってしまいました

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旧天守台。

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平成7年(1995年)に発掘復元され、現存・修復・復元(1996~2003年)の三層から成っているようです。 なぜここに天守を復元しなかったのかというと、観光的な問題で、錦帯橋から見える今の位置に復元したのだそうです。

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旧天守台と北の丸の間にある空堀。北の丸の東側には現存遺構と思われる石垣群があるようですが、あまり道がよくないようだし雨も降ってきたのでここで引き返しました。あとで調べたらなかなかに立派な遺構だったので行かなかったことを少し後悔。お城好きの人は是非足を伸ばしてくださいね

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帰りは広い道を帰り、大釣井(おおつるい)も見ることが出来ました。築城と同時に作られた大井戸で、非常脱出口であったとも言われるそうです。

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ちなみに岩国城は名城100選のうちのひとつでした。

続きはまた次回。

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