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2016'06.14 (Tue)

吉備の中山

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吉備の中山

担当:アルパパ

いささか古新聞になってしまったのですが、5月15日、吉備の中山に行ってきました。

☆吉備の中山は古くから和歌や枕草子などでも知られる名山です。この山には吉備津彦神社の元宮磐座や奥宮磐座を始め、たくさんの祭祀場跡や古墳が点在し人々を太古の昔にいざないます。緑の薫に身を清め、山鳥の声に心をよせて、ゆっくりと大きく息をすいこみます。手をあわせると、きっと古代人が私たちに語りかけてくるでしょう。(吉備津彦神社のHPから)

吉備の中山は、東西約2km、南北約2.5kmの小山ですが、一帯は、いたるところに磐座があり、古代の信仰の形を今に伝える独特の霊的磁場の溢れる場所です。

この日は、吉備津彦神社 ⇒ 中山茶臼山古墳 ⇒ 奥宮磐座 ⇒ 古代吉備文化財センターのコースで回りました。

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まずは、吉備津彦神社。ここは備前一宮ですが、先日の記事に書いた通り、藤原純友の乱の際、純友方へついた安仁神社から、朝廷側についた吉備津彦神社に一宮が移ってしまいました。

境内の氣は、比較的重厚で、力強いのにやさしさ、柔らかさを感じさせ、透過性が高くて気魂への影響力があり、癒しの力も強いそうです。ご祭神は吉備津神社と同じ大吉備津彦命とされていますが、両者のエネルギーは明らかに違うという意見が大勢です。
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今は檜皮葺屋根の補修のため、覆屋に覆われている本殿ですが、間もなく修理を終えるそうです。
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拝殿と本殿との間に渡殿がありますが、拝殿と渡殿の間の通路がエネルギーの最も強いところ。敏感な人は、髪の毛が根元から逆立つほどのエネルギーを感じるそうです。
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半分、コンクリートで固められていますが、有名なご神木です。
このご神木に、語りかけられて開眼した人もいるようです。
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子安神社と7つの末社
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稲荷神社。ここもエネルギーが強いそうです。県外から鳥居を寄進された方が何人もおられるところを見ても、ご利益が高そうですね。
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次に、山の真ん中辺りの奥宮跡といわれるところへ、今日は、徒歩ではなく自動車で移動です。吉備の中山には、太陽神信仰で有名な黒住教本部がありますが、その駐車場脇の山道を暫く登っていくと、やがて、中山茶臼山古墳(全長 120m)に到着します。
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☆中山茶臼山古墳は、岡山市北区吉備津の吉備の中山山上にある古墳。形状は前方後円墳。被葬者は明らかでないが、宮内庁により「大吉備津彦命墓」として第7代孝霊天皇皇子の大吉備津彦命の墓に治定されている。(Wikipediaから)

被葬者が吉備津彦命かどうか判りませんが、古墳の被葬者と中山の西麓にある吉備津神社のご祭神は、同じエネルギーだという意見が多いようです。被葬者が吉備津彦命だとすると、そのお姉さんは、奈良の箸墓古墳の被葬者で卑弥呼ではないかと度々話題になるヤマトトトヒモモソヒメです。

この古墳に沿って奥宮の方に歩いていくと後円部のところに穴観音があります。何だろうと思わせるような不思議な感じのする場所ですが、この岩石群は茶臼山古墳の築造時(5世紀頃)には、既にこの位置にあったそうで、古代の祭祀場だそうです。正面の岩には観音とも大日如来ともいわれる像が彫られていますが、風化が激しく判然とはしません。側面の穴に耳を当てると、観音様のお声が聞こえるそうで、それで穴観音というのですね。
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もう暫く進むと三叉路に出ます。まっすぐ行くと吉備津彦神社の元宮や吉備津彦神社に向かいますが、アル一家は左手に進み奥宮に向かいます。すぐに現れるのは、「ダイボーの足跡」と呼ばれる窪地。祭祀場の禊場ではないかと言われています。
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そして、その奥が、吉備津彦神社の奥宮跡と言われる古代祭祀場跡、「八畳岩」といわれる磐座群です。聖域が注連縄で囲われています。古代には、ここに白い貫頭衣を着た人々が寄り集まって神々に祈りを捧げていたのでしょう。
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八畳岩を更に奥に進むと、巨大な刀で断ち切ったように平らな面をした「鏡岩」と呼ばれる巨石群があります。真っ平らかというと、表面には皺のような溝が多数彫られていますが、何の目的でしょうか。
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この日は、元宮の方向には進まず、鏡岩から引き返し、古代吉備文化財センターを訪ねました。
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本館1階の展示室には、収蔵品の一部が展示されていますが、アルパパの注目はこれ! 陶棺です。文字通り、陶器製の棺ですが、6世紀に横穴式石室に収める棺として作られたようで、全国で発掘された約700の内、75%が岡山県で、しかもその70%が県北の津山市周辺で発見されており、一つの大きな文化圏があったものと思われます。
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日本民族のルーツはよく判っていませんが、大きな流れで言うと、原住民(縄文人)が住んでいた日本列島に大陸から出雲族がやってきて西日本を平定し、その後更に、大陸から大和族がやってきて出雲族を倒し、畿内に大和政権を打ちたてたものと思われます。岡山県は、出雲族と大和族の勢力の接点としての文化圏を形成していたのだろうと思われますが、滅ぼされた民族の歴史は葬り去られるのが常。ここに展示された埋蔵物も何も語ってはくれません。

今日は、吉備の中山の一部しか回っていませんが、一日かけてゆっくり回ると、いい氣を浴びながら、タイムスリップしたような異次元体験ができますよ。

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Comment

★こんばんは

こんばんはです♪

吉備の中山もじっくり歩くと、一日楽しめそうですねー。
ついつい怠けて、ばらばらに回ってしまいます(^^)

写真の棺を軽刺した県立吉備路郷土館で見たことがあるような気がするのですが、もしかしたら移動させたのでしょうか…。
あそこは今は美術館みたいな建物になってるんですよね、確か。

また楽しいレポートをお待ちしております(^_-)-☆
藤崎 | 2016年06月17日(金) 00:50 | URL | コメント編集

★藤崎さんへ

こんばんわ。

吉備の中山も、下から歩いて登ると結構息切れしますが、新緑の頃は気持ちがいいですね。

吉備津彦神社側から登るのがお勧めです。明るく軽くていいです。
吉備津神社は、ちょっと重い感じがします。

県立吉備路郷土館は 2010年に閉館になった後、総社市へ無償譲渡され、2012年に総社吉備路文化館として開館しています。

陶棺は、県立吉備路郷土館が閉館になった時に、古代吉備文化財センターへ移されたのでしょうね。

あの辺りは、アルを連れてよく散歩していたのですが、アルの興味はもっぱら食べ物で、埋蔵文化財とか美術に興味を示さないものですから、最近 15年ほど入館したことがありません。

今も、企画展をやっているようですから、あの辺りへ行ったら覗いてみてもいいですね。

これから、暑くなるので、車中泊は暫くは無理ですから、近場をレポートしてみます。
アルパパ | 2016年06月17日(金) 21:21 | URL | コメント編集

★いつも、読んでいます。

アルパパさんへ、
レポートありがとうございます。いつも、趣味だけだとは、思えないような、歴史的にみても高度な内容に、驚きながら勉強させていただいています。アル先生のいないレポートは、寂しい思いもしますが、これからも、このようなレポートを続けていただいたら、安心します。これからも、楽しみにしていますので、無理のない範囲で続けていただいたらと思います。
JN | 2016年06月22日(水) 19:03 | URL | コメント編集

★JINさんへ

おはようございます

返事が遅くなり申し訳ありません。
いつもお読みいただきありがとうございます。
近場となると、記事にはしていませんが、大抵行ったしなあー・・・ということで、どこへ行こうかと頭を捻っています。
また、行ったら行ったで、記事にするのが遅いものですから、いつも、古新聞になってしまいますが、ボチボチと書いていきますので、これからも、よろしくお願いします。
アルパパ | 2016年06月25日(土) 05:47 | URL | コメント編集

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