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2013'02.25 (Mon)

琵琶湖周遊 第二日目 その4

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担当:アル姉

2/10(日) 彦根城周辺


前回の第二日目その3の続きになります。

さて、今日ご紹介するのは彦根城の内堀の外側にある遺構です。
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位置関係などはこのMAPと照らし合わせていただければと思いますが、元はもう少し大きいので拡大してご覧ください。

黒門から出ると正面に楽々園というお屋敷が建っています。

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入口まで行くと井伊直弼生誕地の碑がひっそりと。井伊直弼、今更説明する必要もあろうかという有名人物です。歴史に詳しくなくとも社会で習いますから安政の大獄、桜田門外の変、と聞けば誰でも「ああ!」と思うでしょう。先日2/5に放映された大河ドラマ「八重の桜」ではちょうど井伊直弼が暗殺される桜田門外の変が描かれていましたね。

楽々園は玄宮園とともに、彦根藩4代藩主井伊直興によって建立された下屋敷(別名けやき御殿)。現在は建物部分を楽々園、庭園部分を玄宮園と呼び分けているようです。

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御書院。

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左から地震の間、雷の間、楽々の間。手前には枯山水の庭園がありますが工事中のビニールシートが見苦しかったので全貌は写せませんでした。地震の間というのは地震の際に避難する所として設けられた部屋で鎌倉・京都の将軍の御所、江戸城などにもあったと言います。説明板によると「人工的な岩組みによって建築地盤を堅固にしており、柱が土台に固定されておらず、天井裏で対角線方向に綱が張ってある。さらには、建築全体を軽快な数寄屋造とし、屋根を軽いこけら葺き、土壁も比較的少なくしている。また、下部の床組に大材を用いて重心を低くし、地震力を小さくする、基本的な耐震建築の様式を採用している。」とのこと。何やら説明文を読むと耐震というより免震?建築な気がしてきますが・・・。

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楽々園から玄宮園を望む。あちらに見えるのが玄宮園。彦根城と共通券になっているので見て行きましょう。

DSC08805.jpg (MAP8 玄宮園)
中国の瀟湘八景あるいは近江八景を模したといわれる廻遊式庭園。江戸時代には玄宮園十勝と呼ばれていたそうです。中心の池には4つの島と9つの橋が架かり、畔池に臨んで臨池閣や鳳翔台などの建物が設けられ彦根城を借景とした庭園となっています。

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玄宮園のシンボルともいえる臨池閣(手前)と鳳翔台(奥)。湖面に映りこんだ彦根城や雪化粧、絵になりますね

DSC08809.jpg (MAP9鳳翔台)
別角度。鳳翔台では500円でお茶をいただけるのですが時間の都合もあり断念しました。

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こちらは現在発掘調査中の区画。平成21年から8年計画で園内とその周辺を5ブロックに分けて発掘調査と整備を進めているのだそうです。楽々園のブルーシートも発掘調査だったのかな。

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お庭を見ていて気になったのが木の根です。ここだけに限らずよく見るとあちこちで木の根が地表に顔を出していて、その不気味なまでの生命力というか存在感に驚かされました

この時点で既に2時間以上経過していたので玄宮園はかなりさらっと見て出てきてしまったのがちょっと残念。

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屋形船の乗り場を発見。1/5~3/19までは予約のみの運行になっているそうで実際に屋形船がお堀めぐりをしているところには遭遇できず。需要があるのかしら?とも思いましたが足が悪く天守まで行くことができない方などには大変喜ばれるのだとか。

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桜場駐車場横の金亀児童公園に建てられた井伊直弼大老像。

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公園前から内堀を眺めると、着見櫓台の石垣が見えます。

DSC08696.jpg(MAP5)
二の丸佐和口多門櫓。明和4年(1767年)火災に遭い、明和6年から8年に再建されました。
内堀側から見ると手前が駐車場になっています。

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(MAP 6)
佐和口多門櫓のすぐ側にある馬屋。馬の気配がするとアルパパがいうので中に入ると・・・えーっと(笑)

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さて、佐和口多聞櫓の枡形から少し外へ出てみましょう。向かって右手が佐和口多門櫓。えっと、左手も同じ櫓に見えますが、こちらは残念ながらコンクリート製。後述します。

振り返ると
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佐和口多門櫓。

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中堀から。向かって右側の部分(先ほど内堀からは左手と紹介した部分です)は明治初期に取り壊されましたが、井伊大老開国百年祭記念事業としてその跡地(石垣は、築城当時のもの)に再建されています。こちらはコンクリート製でエレベーター完備の開国記念館になっています。

DSC08830.jpg DSC08832.jpg
(MAP 10)
中堀の外側には埋木舎という旧彦根藩主井伊家の屋敷跡があります。井伊直弼は井伊家の十四男として生まれ、13代彦根藩主となるまで(17歳~32歳まで)この屋敷で不遇の時期を過ごしました。
  世の中を よそに見つつも うもれ木の 埋もれておらむ 心なき身は
自らを埋もれ木に例え、屋敷を埋木舎と名づけます。それでも自分には「為(な)すべき業」があると文武両道に精進したというから相当なものです。

DSC08834.jpg
埋木舎近くから見た佐和口多門櫓(開国記念館)。当時のまま残っていたらもっと感動したかしら。
さて、戻りますかね。

DSC08825.jpg(MAP 11)
そうそう、いろは松も見てかなくちゃ。表門橋に向う中濠の沿道の松並木で、47本あったことからいろは松と名づけられたそうですが、現在残っているのは33本(うち12本は補植)。

いつもは1時間もしないうちに引き上げてしまう彦根城ですが今回はまあまあ丁寧に見て回ることができました。ふと時計を見ればここまでの所要時間が2時間半を超えています。ひえ~、こりゃ大変だぁっ急いで駐車場に引き返し、今度は少しアル先生のお散歩タイムです。続きは次回

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Comment

う~ん 勉強になりました。
ここまでのレポを書くとなると、その下調べも
半端じゃないでしょう。ごくろうさまです。

私はアル姉さんと反対に、楽々園を飛ばして
玄宮園をしっかりみてきました。
詳しいことは忘れてしまいましたが、お城と臨池閣の
景色は覚えています。
サギだったかがいて暑さをしのいでいたような。

これだけ廻るとかなりハードですよね。
そこへきてアル先生の散歩ですか。
本当にごくろうさまです。
mametaro | 2013年02月26日(火) 14:04 | URL | コメント編集

★mametaroさんへ

彦根城が好きなお城だからこそ詳しくなってしまうというのもありまして、
後日アップする長浜城はそれはもう悲しいくらいに何も書けていません(苦笑)

楽々園も玄宮園も、発掘調査のブルーシートがなければ
もっと素敵だったのになーという感じでした。
でも玄宮園てかなり小ぢんまりした印象ですよね。
岡山県民なので後楽園に慣れているせいか
何だか物足りなさを感じてしまうのです。

アル先生のお散歩は最近短めなのでそれほど苦にはなりませんでした^^
アル姉 | 2013年02月26日(火) 23:10 | URL | コメント編集

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