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2013'02.15 (Fri)

琵琶湖周遊 第一日目 その2

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担当:アルパパ

2/9(土)
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日吉大社

日吉大社は別名を山王とも呼ばれるようです。そして、日吉大社と言えば神仏習合であり、平安の昔、延暦寺の衆徒が日吉大社の神輿を担いで京の都に強訴に及んだとか、後には、織田信長が延暦寺を焼き討ちするとき、日吉大社も一緒に焼き討ちに合い灰燼に帰したというように、神道には珍しく、政治に過剰介入した印象があります。また、現在でも有名な日吉大社の山王祭では、華麗な神輿を武者行列が先導している写真をよく眼にしますが、これも、神道には馴染まない光景に思えます。一体どんな神社なのか、初めて訪れるアルパパとしては、興味深々であります。

比叡山の東麓に鎮座する日吉大社は、2100年ほど前に創祀されたもので、全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮です。神域には、主要な7つの社があり、その多くが国宝や重文に指定されています。その中でも中心になるのが、西本宮、東本宮ですが、そのご祭神をみると興味ある事実が見えてきます。
西本宮のご祭神は、大己貴神(おおむなち)で、京の都の表鬼門守護のために、奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)から勧請されたとあります。そのために、日吉大社は朝廷や貴族からの崇敬を集めたようです。
大己貴神は大国主命のことですが、大神神社のご祭神は、一般には大物主命と言われています。それなら、大物主命イコール大国主命かというと、それには異論もあります。ですから、大神神社から勧請されたのであれば、それは大物主命ですが、必ずしも大己貴神ではないかも知れません。 神様のルーツはかように複雑であります。
一方、東本宮のご祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)です。この神は、古事記に「近淡海国の日枝山に坐し、また葛野の松尾に坐して・・・」とあるように、京都の松尾大社と、ここ大津の日吉大社に古くから鎮座する地主神で、古来からの信仰はこちらが源流であったことが窺えます。

どうも、神社になると薀蓄が長くなって済みません。そろそろ写真を。
通常は、西本宮から東本宮に向けて参拝するようですが、アル一家は駐車位置の関係で、東本宮から西本宮に向かって歩きました。アル先生は、また、留守番です。

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まずは、マップですが、番号を逆順に回っています。

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東本宮に向かって坂を上る途中に「猿の霊石」があります。はちまきをしているみたいですね。猿は日吉大社の神使いとされています。

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東本宮楼門。

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東本宮、といっても手前は拝殿です。奥の国宝・東本宮は修理中で白い幕で覆われています。手前、左手が樹下宮、ご祭神は鴨玉依姫神で大山咋神とは夫婦神です。
狛犬が縁側の上に乗っています。あまり見ないような気がします。

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東本宮の拝殿には、お神輿が置いてありました。

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境内には、多羅葉という木があって、説明にあるとおり、これが葉書の語源になったとか。
みなさん、色々な言葉を書いていましたが、アルパパの気に入ったのを一枚、パチリ。

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この石段を30分ほど登っていくと、金大巌(こがねのおおいわ)という大きな磐座があり、その両脇に、牛尾宮、三宮宮という2つの社があるようです。ご祭神は、それぞれ、大山咋神荒霊、鴨玉依姫神荒霊。石段の両脇に見える小さな祠は、両宮の遥拝所となっています。この磐座に、古来からの信仰の原点があるようですが、往復1時間も掛かるので、パスします。

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神輿収蔵庫の中には、古い神輿が展示されています。

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白山宮。ご祭神は菊理姫神(くくりひめのかみ)。
菊理姫神は、イザナギ、イザナミが黄泉比良坂で睨み合っていたときに、フッと現れて、二人に一言かけたとされていますが、何を言ったかは謎とされています。その一言を聞いた二人は、「時至れば、また相まみえん」といってそれぞれに別れていったとか。地球上の国々を作ったとされるイザナギ、イザナミですが、それを超える格上の宇宙神霊です。

菊理姫神といえば、白山信仰ですが、過去記事にもある通り、以前、白川郷を訪ねたとき、遥かに白山を遥拝した直後から、アルパパは発熱と激しい悪寒に襲われ、それに耐えつつ、白山比咩神社までの道のりを必死で運転したことがあります。そして、どうなることかと思いつつ、やっとの思いで白山比咩神社にたどり着き、菊理姫神にご挨拶した途端、熱がすっと下がって悪寒が収まりました。もっと、お膝元近くに寄って挨拶せよと叱られたのでしょうか。思い出深い神様です。

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宇佐宮。ご祭神は田心姫神(たごりひめのかみ)。
ここは、名前からも宇佐神宮を連想するところですが、宇佐神宮のご祭神は、比売大神、応神天皇、神功皇后です。そして、比売大神は宗像三女神(多岐津姫命(湍津姫)・市杵島姫命・多紀理姫命(田心姫))であるともいわれています。
宗像三女神は、日本書紀によると、天照大神と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の誓約で、天照大神が素戔嗚尊の十握剣(とつかのつるぎ)を貰い受けて三つに折り、天真名井の水で濯ぎ噛み砕いて吹き出した、その霧の中から生まれた神々で、素戔嗚尊の子とされています。宗像三女神として祀られることが多いのですが、ここでは、田心姫神だけが単独で祀られています。

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やっと、西本宮に辿りつきました。国宝です。

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西本宮楼門。重文です。
楼門は、屋根の四隅を猿が支えています。それぞれのポーズが違うのですが、1つだけ紹介。

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西本宮楼門と山王鳥居の中間、社務所の前辺りにいくつかの霊石があります。
これはその一つ、祇園石。牛頭天王(ごずてんのう)が宿る霊石だそうです。
牛頭天王は京都・祇園神社のご祭神ですが、素戔嗚尊のことです。先に出てきた大己貴神は素戔嗚尊の娘婿、大山咋神は素戔嗚尊の孫(大己貴神の子ではありません)、そして田心姫神は素戔嗚尊の子です。ややこっしいですね。それにしても、大己貴神、大山咋神、田心姫神が立派な社殿の中に祀られているのに、素戔嗚尊の宿る石は柵囲いだけですか。

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逆順で回ったため、最後にやっと山王鳥居です。
鳥居の上に合掌形の破風が載せられており、神仏習合を表すとされています。
最初の説明で、日吉大社の別名が山王と書きましたが、山王とは、大山咋神のことを言うという解説も見られます。古のことについては、様々な解釈があって、何が本当なのか、よく分からないものです。まあ、ともかく、これを山王鳥居といいます。

神様の説明は、書いている内に、こちらも頭がクラクラしてきそうですが、これにて終了。

なお、ここは神社には珍しく、入苑料として300円/人也を徴収します。
それを聞いて、引き返す人に出くわしましたが、その気持ち、何となく判るような気もしました。「神様がお金を取るなんて・・・」。

次に、本日の最終目的地、堅田の浮御堂に向かいます。

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Comment

アルパパさんは神社となると造詣が非常に深いですね。
そういう関係のお仕事なんでしょうか?
まったく知らない自分にとっては、造詣の深いアルパパさんこそが神様に見えてきます。
もちろん、ここも知りません。
もっと簡単にいうと、浮御堂しか知らないんですけど。

それはそうとアル姉さんもご一緒でしたか。
お元気であればなによりです。
これから暖かくなってきますので、またお出かけの機会がふえそうですね。
mametaro | 2013年02月16日(土) 17:52 | URL | コメント編集

★mametaroさんへのお返事

いえいえ、私、ごく普通の会社に勤める、ごく普通のサラリーマンです。

ちょっとしたきっかけで神様のことを調べているうちに、いつの間にか、怪しげな知識が身についてしまいました。
私が書くと神社ブログ、娘が書くと城ブログになってしまいますね。

今回も、「彦根城へ行ってみようか」の一言で、アル姉は大張り切りです。

アル姉は、「あれも書かなきゃ、これも書かなきゃ」と時間が掛かるので、とりあえず、私が露払いで先に書くことになった次第です。
アルパパ | 2013年02月16日(土) 22:24 | URL | コメント編集

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