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2012'12.23 (Sun)

長崎旅行 浦上・平和公園(11/22)

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11/22(木)
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南山手・東山手の観光を終え車で浦上へと移動します。浦上エリアはやはり原爆遺構などが多く楽しい観光気分とは少し違った感じになります。今回は平和公園に車を停め、アル先生を連れていたので平和公園と浦上天主堂しか回れませんでしたが、片足鳥居の山王神社もこのエリアになります。

平和公園
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1945年(昭和20年)8月9日に投下された原子爆弾落下中心地と、その北側の丘の上とを含めた地域に、平和を祈って設けられた約18.6ヘクタールの公園。願いのゾーン・祈りのゾーン・学びのゾーン・スポーツのゾーン・広場のゾーンの5つから構成されていますが、県外から観光で来る人間には願い・祈り・学びのゾーン以外は馴染みがないかもしれません。私も今回で3回目ですが、線路から向うのエリアは知りませんでした。

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願いのゾーン拡大マップ。アルキング号はこの願いのゾーンにある長崎市営平和公園駐車場の地下駐車場に停めました。地下ですがキャンピングカーでも問題ない高さです。パークアンドライド駐車場にもなっています。料金など詳しい情報はこちらをご覧ください。マップ内の1~15までは各国から寄贈されたモニュメントです。

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地下駐車場からエレベーターで上がると一番に目に飛び込んでくるのは平和記念像です。長崎出身の彫刻家北村西望氏の作で像の高さは約9.7m。「右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」と作者の言葉が台座の裏に刻まれています。全文はもっと長いのですが有名な部分だけを抜粋させていただきました。

折鶴の塔
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平和記念像の両脇にある折鶴の塔。原子爆弾犠牲者の霊を慰めるとともに、二度とこの地球上に原爆の惨禍を招くことがないように、世界恒久平和を祈って寄せられた折鶴を塔に掲げ、その意を伝えるため1982年10月6日に建立されました。

長崎刑務所浦上刑務支所跡
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爆心地より北へ最短約100m、最長約350mの地点にあり、刑務所内にいた職員18名、官舎住居者35名、受刑者及び刑事被告人81名の計134名全員が即死したということです。

長崎の鐘
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33回忌を迎える1977年に、動員学徒、女子挺身隊、徴用工、一般市民の原爆殉難者の冥福を祈り建立されました。

碑文
 長崎の鐘よ鳴れ
 長崎の鐘よ鳴れ
 私達の肉親を奪った
 私達のからだをむしばんだ
 あの原爆が
 いかに恐ろしいものであるか
 あの戦争が
 いかに愚かなものであるか
 長崎の鐘よひびけ
 長崎の鐘よひびけ
 地球の果てから
 果ての果てまでも
 私達の願いをこめて
 私達の祈りをこめて


平和の泉
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水を求めながら亡くなった原爆犠牲者の冥福を祈り作られたものです。

 のどが渇いてたまりませんでした
 水にはあぶらのようなものが
 一面に浮いていました
 どうしても水が欲しくて
 とうとうあぶらの浮いたまま飲みました
 ―あの日のある少女の手記から―


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20年前と同じように涙をこらえながら歩きました。呑気にわんこ連れのキャンピングカー旅行を楽しんでいる自分が申し訳なくなってしまいます。

続いては祈りのゾーンへ向かいます。
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ねぇ、アル先生・・・私たちは幸せだね。

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祈りのゾーン拡大マップ。願いのゾーンと同じで1~23はモニュメントです。

原爆落下中心碑
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1945年(昭和20年)8月9日午前11時2分、戦略爆撃機B29から投下されたプルトニュウム原子爆弾(ファットマン)が、中心地を示す黒御影石の上空約500メートルで爆発しました。これにより当時の長崎市の人口24万人のうち約7万4,000人が死亡、約7万5,000人が負傷、また建物の約36%が全焼または全半壊したと言われています。爆心地を示す指標は何度か立て替えられ、現在の原爆落下中心碑が建立されたのは1968年のことです。

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中心地碑の前には、原爆により爆死された方、被爆者でその後亡くなられた方々の氏名を奉安した原爆殉難者名奉安箱があります。

浦上天主堂遺壁
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旧浦上天主堂は、30年の歳月をかけ完成し当時東洋一の規模を誇ると言われる大聖堂でしたが、1945年8月9日の原爆投下によりわずかに赤煉瓦の堂壁を残して倒壊してしまいました。このとき浦上地区の信徒約12,000人のうち約8,500人が爆死したと言われています。廃墟と化した天主堂を広島の原爆ドームと同じように後世に残すべきだという声も上がる中、保存が困難であること、信徒たちの新しい聖堂を望む声が強いことなどを理由に、廃墟は1958年に撤去され翌年鉄筋コンクリートで再建されます。そして壁の一部がこの原爆落下中心地のそばへと移されました。もし廃墟と化した天主堂を保存することができていれば世界的な原爆遺構になったでしょうね。

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説明看板の写真だとわかりづらいと思うので別に写真を用意しました。被爆直後の浦上天主堂です。赤い矢印の部分がこの遺壁。

被爆当時の地層
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当時、松山町には約300世帯1,860人余の一般市民が生活していましたが、地下の防空壕に避難していた9歳の少女を除き全員が即死したということです。地層の中には、家の瓦やレンガ、熱で溶けたガラス、茶碗などを見ることができます。被爆時の日常が垣間見える遺構なだけに生々しいですね。

被爆50周年記念事業碑
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1996年、中心地碑を撤去して被爆50周年記念事業碑の新たなモニュメント(母子像)を建立する計画がありましたが、被爆者らの強い反発により計画は断念され、結局翌年母子像は中心地碑から少し離れた場所に建立されました。しかしその後も被爆者や遺族からは撤去を求める声などが上がっています。富永直樹作。この像を見たとき私はすごく不安な感じがしてあまり見ないようにしてしまいました。もしかしたら反対する方たちの強い思いがそこに残されていたからかもしれませんね。

長崎原爆資料館
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さて、こちらは学びのゾーンにある長崎原爆資料館です。前身は1955年に開館した長崎国際文化会館の原爆資料室でしたが、建物の老朽化や展示スペースが手狭になったことから、被爆50周年事業として同会館を取り壊し、1996年に現在の長崎原爆資料館が開館しました。こちらにリーフレットのpdfがあります。
入館料:大人が200円、小中学生・高校生100円。8:30~17:30(入館は17:00まで)

アル先生がいるし時間もないしということで今回は入館しませんでした。長崎へ来て、しかも平和公園まで来て、ここへ入らないのは邪道という気がしますが、私は前身の国際文化会館原爆資料室には来たことがあります。長崎、広島の原爆資料館というのは全国の多くの小・中学校の修学旅行に組み込まれていてトラウマ製造所(被爆者や遺族の方には大変失礼な表現ですね)などと言われることがあります。御多分に洩れず私も中学生の頃に修学旅行で訪れましたが、資料室を出たあとも涙が止まらずその後の昼食なんてとても食べられる心境ではありませんでしたね。今でも展示品の一つ一つ、写真の一枚一枚を鮮明に覚えていますし、こうしてそのときのことを思い出すだけで動悸はするし涙も出てきてしまいます。子供たちには生々しすぎるということで、広島も長崎もリニューアル後は昔に比べてだいぶソフトな展示になっているという話を聞きましたが、どうしてももう一度入る勇気が持てず「今回は入らないよ」と言われてほっとした自分がいます。こうした原爆や戦争関連の資料館にお子さん連れで行かれる場合、訪問後子供と向き合って戦争や原爆について話し合いをしてあげて欲しいなと思います。

さて、今度は平和公園を出て浦上天主堂を目指すことにします。約10分ほどで到着。

浦上天主堂
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爆心地から北東へ約500メートルの地に建つ浦上天主堂。

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平和公園の説明でも触れたとおり、こちらは1959年に再建された天主堂です。

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周囲には被爆遺構の天使像などが配されています。右は聖セシリア像、中央はイエス聖心像、左は頭部が破壊されていて不明です。

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このレンガ部分は廃墟遺構の復元だと思われます。

天主堂近くの川には原爆で崩れ落ちた左側の鐘楼の残骸が残っており、被爆当時は小川の中にあったものの、現在は川を整備して流れをずらすことで陸地に保存されています。

大きな地図で見る
Googleのストリートビューなどでも確認できます。
移動されることもなく被爆時のまま保存されている唯一の旧天主堂本体の遺構なので時間があれば是非見ておきたいものですが今回は見に行けませんでした。ちなみに原爆の爆風で天主堂内部に倒れた右側の鐘楼は今でも再建した天主堂で使われているそうです。

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再び平和公園へ戻ってきました。紅葉が綺麗です。

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このあとは稲佐山へ向かい、長崎市内を眺めることにしました。

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長崎県長崎市にある標高333メートルの山。頂上には100円の有料駐車場があり展望レストハウスの屋上からはこの景色です。

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景色は最高なんですが標高333メートルしかなくとも風が吹くと寒くて寒くて(苦笑)

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長崎市内はもちろん晴れていれば雲仙や五島列島まで見渡せる景勝地。

稲佐山が一番有名なのはその夜景の素晴らしさで、函館の函館山、神戸の六甲山と並ぶ日本三大夜景の1つとなっています。そして2012年10月5日には、モナコ、香港と並び世界新三大夜景として認定されました。すごいですねっ。しかし我が家は夜までここにいられなかったので夜景を見ることはできませんでした。というわけで、何度目だかわからないmametaroさん頼み。mametaroさんのブログに、宝石箱のような長崎の夜景の写真がありますので是非ご覧ください。

さて、このあと27年ぶりの式見ハイツであったか~い温泉に入り、車中泊地である道の駅夕陽が丘そとめにつくまで曲がりくねった山道をアルキング号の中で揺られるのでした。

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20:41  |  九州  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

アル姉さま、 普賢岳の記事の時も涙ぐみましたが、                           今回は、また違う意味で考え込んでしまいました。                                                                                 日本各地にそれぞれの歴史があり、訪れる時には、常に感謝の気持ちで                    クルマ旅をしたいですね。                                                   次回の記事も楽しみにしております。   黒爺          
neneaileon(黒爺) | 2012年12月23日(日) 22:39 | URL | コメント編集

★黒爺さんへ

◆黒爺さん
日本各地、悲しい歴史を抱えた場所はいくつもあります。
気軽な気持ちで観光をしていると
たまに後頭部をガツンと殴られたようにショックを受けることがありますね。
くるま旅を通して各地の歴史を学ぶとともに
自分を取り巻く現在の環境に感謝を忘れないようにしたいです。          
どうもありがとうございました^^
アル姉(犬沢ゆう) | 2012年12月25日(火) 07:28 | URL | コメント編集

今回のレポは行ったところが多くて、思い出しながら読ませていただいたり、えっそんなところがあったのか!と残念に思ったりして楽しく読ませていただきました。
稲佐山が新世界三大夜景に選ばれたことも知りませんでした。
その夜景を見たというのも自慢にできますね。

長崎の平和公園は今年はじめていきました。
広島は高校の時に行っており、長崎もぜひ行きたいと思いながらこの歳になってしまいましたが、実現できて感激です。
と同時にこのときの九州旅行は、知覧にも行き、改めて
平和の尊さと喜びを知った次第です。

多感な時代(が私にもありました)に「黒い雨」を読んだときの
衝撃は今もその感覚だけがどこかに残っています。
そんな感覚を呼び覚ますのに十分な長崎の遺物・遺跡は
いつまでも残してほしいし、日本国民が一度は訪れなくては行けない場所に指定してもらいたいくらいです。

ところで、式見ハイツ、知りませんでした。
ここでのお風呂も良かったですね。
でも、稲佐山の日帰り温泉も夜景が見られる露天風呂で良かったですよ。
mametaro | 2012年12月25日(火) 14:25 | URL | コメント編集

★mametaroさんへ

◆mametaroさん
おかげさまで今回の度はmametaroさんのブログで予習をしていた場所が多く
旅の最中いつもより余裕がある感じで楽しめました。
ただ、稲佐山の夜景はやっぱり
我が家の”夕方には観光終了、夜は行動しない”パターン通りになってしまい
見ることができず残念でした。
モナコ・香港と肩を並べる夜景
その夜景を作る1つの明りになる長崎市民の方がうらやましいです。

知覧と長崎、戦争という括りでは同じでも
扱っている資料はまったく違うのでどちらも訪問する価値がありますね。
学生さん、お子さんには辛い内容で
受け止めきれない子もでてくるかもしれませんが
学校単位でこういう場所に行くのは大事なことだと思いました。

黒い雨は私は最初に知ったのは子供の頃、映画のほうでした。
かなりショックだったので小説に目を通したのは大人になってからですね。

この日の温泉、実は父のおすすめは稲佐山温泉でした。
ただ、少々値がはりますので
2人分の値段で3人が入浴できておつりがでちゃう式見ハイツにしました。
交通費・燃料費がかさむ旅行なだけに節約を頑張らなければとe-259
アル姉(犬沢ゆう) | 2012年12月26日(水) 22:06 | URL | コメント編集

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