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2012'12.05 (Wed)

長崎旅行 雲仙市国見神代小路(11/21)

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関連記事:長崎旅行準備編

11/21(水)
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一日目のルート図です。長崎道の山浦PAで朝食とアル先生の散歩を済ませ、まずは島原半島へ向かいます。島原半島というと、湧水の島原、三峰五岳の雲仙岳などが思い浮かぶのですが我が家がまず訪れたのはMAP Bの神代小路です。

神代小路
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神代小路は長崎県雲仙市国見町にある重要伝統的建造物群保存地区として選定されている地域の名称で「こうじろくうじ」と読むそうです。選定地域は佐賀藩神代領の領主鍋島氏の陣屋跡に建てられた鍋島邸を含む南北約450メートル、東西約250メートルの9.8haの旧武家町。

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案内看板の文字が消えかかっていたりと国道をなんとなく走っていたらスルーしてしまいそうな場所にありますが雲仙市歴史資料館 国見展示館(0957-78-2334)をナビにセットするなどして行けば大丈夫です。地図派の方は事前に印刷していきましょう。

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こちらが雲仙市歴史資料館 国見展示館。開館:月曜日~金曜日の午前9時~午後5時(※土・日でも職員さんがいれば入館可能)で見学は無料。旧神代村の村立中学校の校舎を改修した建物の内部に雲仙市内の遺跡で発見された貴重な出土品などが展示されています。旧石器時代から江戸時代までの出土品が所狭しと並べられていてびっくりしました。職員さんがとても親切で、色々解説してくださいます。

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国見展示館前の小路遺跡。水路のあとが見つかった他、江戸時代から昭和にかけての日用品が出土されたそうで、国見展示館に展示されていました。

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車はここに停めました。国見展示館の斜向かいにあります。

さて、神代小路を歩きましょう。
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この街歩きマップは国見展示館でいただいたものです。職員の方の手作りなのでしょうね。

まず駐車場の左手から反時計回りに歩くことにしました。
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立派な長屋門と石塀(MAP4)です。角を曲がった先が神代小路のメインストリート。

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鍋島邸の長屋門(MAP2)ですが・・・実はこの鍋島邸、建物の保存修理工事が行われています。長屋門など一部の建物はすべて解体し、補修を行った後、再度組み直して復元するとのこと。その際発掘調査も同時に行われたそうです。長屋門の方は既に復元が完了しているそうですがまだこの状態でした。残念。長屋門が見えなきゃ何のことかわからないけど記念撮影。

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門倉と笹竹生垣(MAP7)

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石塀・生垣枡形入口(MAP12) 枡形の入口というのは武家屋敷にはお馴染みですね。

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門と石塀(MAP13)

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茅葺家屋と笹竹枡形入口(MAP14)

ざっと一周して戻ってきました。
これで終了というのもなんだか寂しかったので先ほど保存修理工事中とご紹介した鍋島邸に、せっかくなので入ってみることにしました。よってアル先生はお留守番。

鍋島邸
佐賀藩神代領の領主鍋島氏の陣屋跡。【入場料】 大人 200円、小・中・高校生150円。住居部分に入ることはできませんが、鶴亀城二の丸まで続く枯山水様式の庭園部分の見学ができます。

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保存修理工事が行われているのは長屋門と 御北(おきた)と呼ばれる元禄期の建物。

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ほぼ復元は終わっているという長屋門ですが、覆いはまだ取れておらず見ることはできませんでした。その横を通りぬけて受付を済ませ、いざ中へ。

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庭園は広く、斜面を利用して鶴亀城二の丸まで続いています。あちこちに咲くツワブキの鮮やかな黄色が印象的でした。

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鍋島邸主屋。向かって右手にあるのは緋寒桜。

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主屋と庭園。白く覆われているのが御北と呼ばれる鍋島邸で一番古い建物。

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こちらは二の丸跡の高台から眺めた様子。

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鶴亀城二の丸跡。

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高台でぼーっとしているとちょうどお陽さまが照ってきて、微熱に震え鼻水を垂らすアル姉をあたためてくれました(笑) んー、しばらくここにいたい。

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高台からの眺めは素晴らしく、雲仙普賢岳も見えました。残念ながら今回の旅行ではスケジュールには入っていないと聞いていた雲仙岳。しかし、アルパパが深夜に運転を頑張ったのは雲仙岳にも行きたかったからのようで、この後島原観光をして時間があったら行ってみようという話になりました。うへー、あそこに上るのか・・・。アルキング号頑張ってね。

ちなみにこの鍋島邸と神代小路は鶴亀城の東側に建てられているわけですが、鶴丸城とは何ぞや?ってなりますよね。以下wikipediaより抜粋。
南北朝時代、神代貴益により築城されたとされる。以後、戦国時代末期まで神代氏の居城であった。1584年(天正12年)の沖田畷の戦いのときには龍造寺軍の本陣でもあった。その折、有馬晴信は攻撃するも攻略不可能と判断し、それ以前以後も戦闘による陥落経験のないとされる難攻不落の城であった。(諸説あり)
豊臣秀吉の天下統一後の九州国分では、鶴亀城を含む神代地区は佐賀鍋島氏の支藩に割り当てられた。江戸時代初期、鶴亀城の整備が行われたが、一国一城令により取り壊され、廃城となる。

お城好きとしては、行ってみたい気もする鶴丸城。しかし時間もなかったので残念ながらパスとなりました。現在は本丸跡が神代神社・稲荷神社となっており、二の丸、三の丸、大手門跡には田畑が広がっているそうです。土塁なんかの遺構は残ってそうですね。



最後に少し神代小路の残りの写真をご紹介。
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さて、大雑把な紹介になってしまいましたが神代小路いかがでしたか?それぞれの家には普通に暮らしている住人の方がいらっしゃるので鍋島邸(こちらも庭のみではありますが)以外は中へ入ったりはできません。5月に訪れた同じ重要伝統的建造物群保存地区である知覧武家屋敷とはかなり雰囲気も異なりますし規模も小さいです。けれど昔から残る水路や石垣、綺麗に整備された生垣など、地域の方々の思いが伝わってくるような佇まいでもっと居たいな~と思ってしまいました。お土産屋さんが一軒もないのもいいですね。島原半島へ旅行へ行くことがあれば少し立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

それでは今回はここまで。次回は島原の湧水めぐりです。

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20:10  |  九州  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

鍋島邸、行ってみたかったのですがスルーしてしまいました。
さらに神代小路は名前さえ知りませんでした。
こうして紹介記事を読んでいると、せっかく九州まで行ったのに
すごくもったいないことをしたような気になります。
(どこへ行っても悔いは残るんですけどね)

ところで、何だか今年はお城の修理が多い気がしますけど
気のせいでしょうか?
mametaro | 2012年12月06日(木) 18:51 | URL | コメント編集

★mametaroさんへ

◆mametaroさん
鍋島邸の緋寒桜はmametaroさんがご旅行された時期はもう終わってたんですよね。

> さらに神代小路は名前さえ知りませんでした。

長崎の観光ガイド本などでさえほとんど載る事がないスポットみたいです。
今回は行けそうな「重伝建」があれば行こうと探してて見つけました。
我が家も行ってない所だらけでもっいないなーって場所がたくさんです。

そういえばお城の修理多いですね。
唐津城なんてお城の土台が修復中で石垣がありませんでした!
アル姉(犬沢ゆう) | 2012年12月07日(金) 08:01 | URL | コメント編集

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