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2012'11.08 (Thu)

単独伊勢旅行日記【伊勢外宮と関宿】

画像をクリックするとアップロードサイズでご覧いただけます。
今回も文章はアルパパ、地図や写真の埋め込み編集はアル姉です。

この記事は単独伊勢旅行日記【松阪と瀧原宮】の続きになります。

○第2日目(10月27日)
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6:50外宮到着。
【外宮】
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季節によりますが、朝は5:00乃至6:00から参拝が可能です。
朝早いと人影も少なくゆっくりと落着いて参拝できます。

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ご正宮。

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風宮。ご祭神は内宮の風日祈宮と同じ級長津彦命・級長戸辺命。
1281年の元寇の折、神風を吹かせて押し寄せた元軍を退却させたのはこの神といわれています。

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土宮。

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多賀宮。隣の遷宮御敷地では新宮の建設中です。

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土宮の奥にひっそりと下御井神社(しものみいのじんじゃ)。

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最後に、「せんぐう館」へ立ち寄ってみました。立派に完成していましたが、オープンは9:30から、遷宮に関する各種の資料展示があり、入館料は300円です。
詳しい説明は、過去記事の 伊勢旅行【二日目:外宮】をご覧ください。

【神宮異聞】
現在では、外宮のご祭神は豊受大神、内宮は天照大神とされていますが、過去、多くの異説が登場し激しい論争の後、時の為政者によって現在の形へと整えられてきたものです。少々長くなりますが、いくつかをご紹介します。

中世に発達した伊勢神道では、豊受大神の本体は宇宙根源神である天之御中主大神であるとされましたが、実際、豊受大神の勧請元である丹後・籠神社の奥宮、真名井神社のご祭神は天御中主大神と国常立大神とされています。古事記によると、天之御中主大神が初代の神。国常立大神は6代目で、地球・月・太陽を作ったとされています。

時代は下って現代。世界一の超能力者といわれたブルガリアのべラ・コチェフスカさんが、平成4年秋、外宮に参拝したとき、引っ張られるように階段を駆け上った先が多賀宮。神前で額ずいて祈り顔中を涙で濡らし「ここは唯一無二、ヤハウェが鎮まる聖地」と述べたそうです。これは週刊誌にも載った有名な話です。旧約聖書の唯一神ヤハウェと国常立大神は同一神といわれています。

伊勢神宮の奥宮、伊雑宮についても異説があります。伊雑宮こそ天照大神を祀る真の日神の宮、外宮はツキヨミを祀る月神の宮、内宮は天孫・ニニギを祀る星神の宮に過ぎないという説です。事実、現在でも、天照大神は伊雑宮に鎮座すると観ずる人たちがいます。天照大神は、イザナギ(12代)が禊の際、左目から生じた神ですが、国常立大神の委託により太陽神界を治めているとされています。


【関宿】
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外宮の参拝を終え、伊勢道で次の目的地、道の駅「関宿」へ移動。1時間ぐらいです。
ここに車を置いて、見物に。

関宿は、東海道五十三次の47番目の宿場で、古くからの交通の要衝。壬申の乱の頃に古代三関の一つ「伊勢鈴鹿の関」が置かれた。江戸時代も、東の追分からは伊勢別街道、西の追分からは大和街道が分岐する活気ある宿場町であった。古い町並みがよく保存されていて、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。(Wikipedia)

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信号で国道1号線を渡るとこの看板があり、看板通りに進むと保存地区の真中あたりに出ます。

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そして、街道に出会ったところが地蔵院。
街並みは東の追分から西の追分まで、東西1.8km。よく整備されており、日本の道100選にも選ばれています。

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周辺案内図。亀山市のホームページに詳細な関宿のMAPがあります。
http://www.city.kameyama.mie.jp/kanko/sekijuku/kakudai.html

●駐車場
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地蔵院から街道を横切って北へ150mほど進むと観光駐車場があり、きれいなお手洗いと隣には足湯もあります。観光バスはここしか停めるところがありませんが、乗用車用はあまり数がありませんので、道の駅に停められたら、迷わずそちらに停めた方がよいでしょう。

○それでは写真をご紹介しましょう。
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街道沿いの町並み。

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地蔵院の前のお蕎麦屋さん。お昼には早いのでパス。

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地蔵院の他にも、街道沿いのあちこちに小さなお寺があります。

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素封家、田中家の屋敷。嘉永年間(1850年頃)の建築です。

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米を搗く水車の音から「川音」と呼ばれた米屋、尾崎家の屋敷。文久年間(1860年頃)の建築。

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お祭には山車が出るようです。ここは山車の格納庫です。

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高札場です。

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旅籠、玉屋。火縄は、かつて関宿の特産品であったそうです。

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旅人宿、石垣屋。こちらは今でも泊まれるようです。

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伊藤本陣と鶴屋脇本陣。

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桶屋さん。これから仕事を始めるようです。

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銀行も古風な造りですね。

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御髪結処。美容院。

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御馳走場跡。
宿場町に出入りする大名を出迎えたり見送ったりする場所だそうです。

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米屋、材木屋を営んでいた江戸屋、浅原家の屋敷。万延(1860年頃)以前の建築。
折畳み式の濡縁があります。いいアイデアですね。

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改築中の民家。制約があって大変なのでしょうね。

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東の追分に近いところですが、坂になっています。

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ここが東の追分、伊勢別街道の分岐でしょうか?
木の鳥居が立っていますが、この鳥居は伊勢別街道の分岐に相応しく、神宮遙拝用に設置されたもので、神宮式年遷宮の度に神宮内宮の宇治橋神域側の鳥居を削り直してつくられるものだそうです。宇治橋は既に新しくなっているので、この鳥居も最近移築されたものかもしれませんね。比較的新しい(とはいっても、20年前のもの)感じでした。

今回は西の追分までは足を運びませんでしたが、次に来るときは、西の追分も訪ねてみたいと思います。


こんばんは、アル姉です。アルパパの記事を読んでどうしても関宿に行きたくなりました。旧東海道の宿場町遺構が東西1.8kmにも及ぶ広範囲に残っているというのは素晴らしいですね。往復したらけっこうな運動量に・・・。
さて、次回でアルパパの旅行日記はラストです。おったのしみに~っ。

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Comment

関宿は4年前に行ったことがあります。
ブログ開設前だったので、特にレポをしていませんが
古い町並み好きのmame男にとってはお気に入りの場所です。

ただ、今回本当に詳しく具体的な町並みのレポを読ませていただき、改めて関宿の事を知った気がします。
同時にもう一度行きたくなりました。

我が家からは遠くないので、ゆっくり出かけてみようと思います。
mametaro | 2012年11月12日(月) 11:41 | URL | コメント編集

★mametaroさんへ

mametaroさんへ

こんばんは。

記事にもあったとおり、アル姉は今から行く気満々なので、
来年は、もう一度、松阪城と関宿へ行くことになるでしょう。

アル姉は、自分では事前にあまり調べないくせに、
後になって「あそこを見損ねた」と言い出すのが常なので、
来年は、少々知ったか振りを発揮しようと思っています。
アルパパ | 2012年11月12日(月) 18:02 | URL | コメント編集

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