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2011'05.29 (Sun)

萩・津和野旅行【Part3自転車で萩観光・後編】

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関連記事:萩・津和野旅行 【Part1萩城跡】 【Part2自転車で萩観光・前編
道の駅 【萩往還


5/20(金)
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さて、松蔭神社から引き返し、とある交差点で信号待ちをしていると唐樋札場跡に復元された「高札場」が目に留まりました。
D.札場跡
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説明によると

唐樋札場跡は藩政時代、萩往還や赤間関街道、石州街道など周防・長門両国の主要道路の起点に位置し、往来の多いその場所に幕府や藩のお触れを書き記した高札を掲げた。また、磔(はりつけ)や獄門の刑に相当する罪人の見せしめも行った。明治時代に廃止。


とありました・・・。萩往還の起点ていうのは知っていましたが、磔獄門て・・・おっかねぇ。昨年2月から萩市が発掘調査を行い、唐樋札場の遺構と判明し、咋年4月に復元されたのだそうです。つい最近なんですね。

続いて目指すは木戸孝允の旧宅。お昼くらいになって人通りも増えてきたので、御成道(商店街)は避けて別の道からアプローチしていくと
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無事江戸屋横丁にぶつかりました。木戸孝允の旧宅はこの江戸屋横丁にあります。細い道なのにタクシーやら団体さんやらがいてプチ混雑。

E.木戸孝允旧宅
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入館料 100円。維新の三傑の一人、木戸孝允(桂小五郎)の旧宅です。木戸孝允はこの家で20歳まで過ごし、剣術修行のため江戸へと旅立ちました。入館しようかどうか迷っている時に団体さん御一行が到着したので入館は断念。父親は藩医だったらしく、この御宅は珍しい2階建て。そして来客用の玄関のほかに患者用の玄関も別にあるのだとか。

桂小五郎(すみません、なんかアル姉的にはこっちのほうがしっくりくるので)は高杉晋作や伊藤博文などのように松下村塾の門下生ではなく、吉田松陰が教授をしていた藩校明倫館で兵学を教えた学生の中の一人に過ぎないのだそうです。この二人は師弟関係というより同士であったと考えるべきなのかな?

この江戸町横町には他にも有名な方の旧宅が残ってまして
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こちらは蘭学医の青木周弼(あおき しゅうすけ)宅。高杉晋作が幼少期に天然痘にかかった折、周弼の治療により一命をとりとめたというエピソードがあります。こちらも入館料は100円。母屋が来客用と家人用の座敷に分けられているのは全国から門下生が集まったからなのだそうです。

青木周弼の旧宅からさらに江戸屋横丁を南に少し進むと、
門の前に鳥居のあるお寺があります。

円政寺
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入館料 大人200円 中・高生150円 小学生50円。
「両公幼年勉学之所」とありますが、伊藤博文は11歳のころからこのお寺で勉学に励み、また近所に住む高杉晋作もまたこのお寺で遊び、そして学んでいたのです。

次は・・・前編で素通りした菊屋横町に向かいます
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菊屋横町。南から。北の入り口から見たほうがなまこ壁が美しいとされているのですが、”白壁の町倉敷”市民のアル姉にとってなまこ壁(白壁)はそれほど目新しいものではありません・・・(苦笑)
この横町にあるのが

F.高杉晋作誕生地

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入館料大人100円。長州藩士の中でも絶大的な人気の高杉晋作。日本初の民兵組織・奇兵隊の創設し、幕末期長州藩を倒幕の方向へと決定付けた志士です。明倫館で学び、また松下村塾の門下生でもあり久坂玄瑞と共に「松下村塾の双璧」と呼ばれていました。右の写真の碑に東行先生誕生之地碑とありますが、この東行先生というのはもちろん高杉晋作のことです。

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生家はのちに改築されたので、 もとの広さよりも狭くなっているようです。庭には産湯に使ったとされる井戸や自作の句碑があります。屋内に入ることはできません。写真、書などが展示されているのを外から見られるようになっているだけでした。写真・・・うーん、大河ドラマ龍馬伝の高杉晋作役の方はえっらい男前でしたよね、伊勢谷くんだっけ。面長なとこは似てるかな、うん(笑) 

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これは昨年完成した高杉晋作広場の像。生家のちょっと南にあります。高杉晋作のゆかりの地って下関に意外と多くて萩には少ないんですよね。ところで高杉晋作って何度脱藩したんでしたっけ・・・。

さて、ここもけっこう人が多かったので早々と引き上げ、土塀と夏みかんの風景で有名な鍵曲を目指して自転車を走らせます。

その途中にの微妙な雰囲気の荒地に
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こんな石がポツンと立ってました。ここは旧明倫館跡なのだそうです。幕末に堀内から江向(現明倫小学校の敷地)に移転されてしまってそちらにばかりスポットが当たっているけれど、11歳の吉田松陰が13代藩主・毛利慶親の御前で『武教全書』戦法篇を講義をしたのはこの地なのです。なんだか寂れすぎてさみしいなー。

G.堀内鍵曲
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さらに進むとやっとお目当ての鍵曲。この堀内地区は伝統的建造物群保存地区。そして萩といえばやっぱりこの口羽家住宅そばの堀内鍵曲。鍵曲というのは道の左右を高い土塀で囲み、更にその道を直角に曲げて迷路のようににしたもので、城下に進入した敵を迷わせ追い詰めるための道路です。城下町ならではの工夫ですね。

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土塀と夏みかんが実に絵にります。

念願の鍵曲を通って満足したので後は帰るのみ。
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倉敷でもそうなのですがメインストリートよりちょっと奥にはいった何もないような道の方が何だか趣があるんですよね。

さて、萩城跡入口の橋まで戻ってきました。
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萩八景の遊覧船がここから出ています。大人1200円、小人600円。

お店に戻ってレンタサイクルを返しお昼ご飯を、と思ったのですが、萩城跡の入場券が旧厚狭毛利家萩屋敷長屋の入場券を兼ねているのを思い出したので行ってみることに。ちょうどこのあとお昼ご飯を食べるお土産やさんの真向かいにありました。近い~

H.旧厚狭毛利家萩屋敷長屋
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厚狭毛利家の武家屋敷長屋。厚狭毛利家は毛利元就の5男元秋を始祖とする毛利氏一門で厚狭に領地を持っていたことから厚狭毛利と呼ばれています。この長屋、本当に長くて、現存する萩の武家屋敷の中では最も大きいそうです。

アル先生のことが気になったので駆け足で2時間強の萩観光となりました。アル先生が若くてタフなら城下町周辺くらい一緒に散策できたんだけどねぇ。萩観光を終えて次は日本海沿岸を通って津和野を目指します。

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