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2017'03.29 (Wed)

2017年3月・奈良旅行 法隆寺① 西院伽藍

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使用カメラ:ソニーα55
担当:アルパパ

いつも、遅れ々々の記事ですが、3月18・19日、奈良旅行にいってきました。
今回、奈良に決めたのは、前回の記事「鴨方町歩き」で紹介したように、鴨方町家公園内の「高戸家住宅」の元型が奈良県橿原市今井町にあると知って、「じゃあ、本家の今井町を訪ねてみよう」ということになったわけです。
それだけでは勿体ないので、近くでどこか・・・。ということで、一日目は法隆寺を訪ねることにしました。

3月18日 法隆寺
9:00に倉敷の自宅を出発、途中、休憩を挟みながら法隆寺に到着したのは、13:30。
「法隆寺は何度か訪れているのですが」といいながら、前回の訪問は 1997年4月でしたから、20年振りです。詳細までは、覚えているような、覚えていないような・・・。

車を駐車場に停め、早速、参道ですが、
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家族一同、「記憶にないよねー」と頼りないスタートです。

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南大門(国宝)。ここら辺りから、記憶が蘇り始めました。

法隆寺については、みなさんよくご存知と思いますので、さらっと説明します。
法隆寺は、奈良県生駒郡斑鳩町にある寺院。聖徳宗の総本山である。7世紀に創建され、古代寺院の姿を現在に伝える仏教施設、聖徳太子ゆかりの寺院である。創建は金堂薬師如来像光背銘、『上宮聖徳法王帝説』から推古15年(607年)とされる。金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。境内の広さは約18万7千平方メートルで、西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群である。法隆寺の建築物群は法起寺と共に、1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。建造物以外にも、飛鳥・奈良時代の仏像、仏教工芸品など多数の文化財を有する。(Wikipediaより)

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南大門を潜ると次は中門が、見えてきま・・・せんね。折悪しく、修理中のようです。

中門
見えていれば、こんな感じです。中門(国宝)は、仁王像(国宝)とエンタシスの柱および万字崩の高欄・人字形割束等、見所が多いだけに残念です。

拝観料を払って西院伽藍の中に入ります。1500円、最近値上げになったようです。値上げ前は 1000円。いきなり、50%アップ! 値上げの理由は、観光客が減って維持費が賄えなくなったからだそうですが、一般の経済原理から言うと、需要が減ったら値下げでしょうが・・・。

境内図
などと呟きつつ、早速、観てまわります。

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五重塔(国宝)。倒れ掛かっているわけではありません。毎度々々、歪んだ写真で恐縮です。レンズはズーム一本で済ませたい。できるだけ軽くて、しかも広角から望遠までと欲張ると、まあ、こんなもんです・・・。
塔の高さは 31.5m、初層内部の四面には塑像の仏教譚(国宝)がありますが、暗いのと、仏教譚そのものをあまりよく知らないのとで、観てもピンとはきませんでしたが、何とか北面の釈迦涅槃だけは理解できます。

五重塔・内部北面 a02-thumb.jpg
涅槃に入った釈迦を囲んで、お弟子さんたちが嘆き悲しんでいる様子がリアルに表現されています。ガイドの方が、「この中に、阿修羅がいるのですがお判りになりますか」といっていました。お判りになりますでしょうか。

建物内部は写真撮影禁止なので、建物内部の写真はすべてパンフレットからのコピーです。

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金堂(国宝)。手前は五重塔。

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柱に龍が巻きついています。おっと、よく観ると、中門では観ることのできなかった万字崩の高欄・人字形割束をここで観ることができますね。

そして金堂内には、
金堂・釈迦三尊
ご本尊は釈迦三尊像(国宝:623年)。アルカイックスマイル、飛鳥仏の特徴がよく出ています。他にも、薬師如来坐像(607年)、四天王像、毘沙門天と吉祥天立像と多くの国宝があり、更に、

金堂壁画・阿弥陀浄土
金堂といえば壁画が有名ですが、残念なことに 1949年の火災で焼失。焼失壁画は収蔵庫に保管されており、金堂内に嵌めこまれているのは再現パネルです。

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経蔵(国宝)、鐘楼(国宝)と西院伽藍を取囲む回廊(国宝)。回廊の柱はエンタシスです。

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講堂(国宝)。

講堂・薬師三尊
講堂内には、大きな薬師三尊像(国宝:990年)があります。

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講堂を出たところから見た五重塔と金堂。手前は、枝垂桜と梅。梅の花は終わりですが、桜が咲くと綺麗でしょうね。五重塔は本当は傾いている?

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西院伽藍の最後に中門の覆屋の写真を一枚。修理が終わるのは 2018年のようですね。

いや、本当に国宝だらけです。西院伽藍を出て、次に宝物殿の大宝蔵院へ向います。ここは、更に々々、国宝・重文だらけですが、一旦、ここで切って続きは次回へ。



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2017'03.17 (Fri)

鴨方町歩き その②

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使用カメラ:ソニーα55
担当:アル姉
2/12(日)

2回にわけるほどでもなかったかな(苦笑)
その②ではかもがた町屋公園周辺のスポットの紹介です。
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町屋公園にあった看板。

鴨神社
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平安時代に京都の加茂大明神を勧請して建立されたと伝えられています。
その①で紹介した宮の石橋で有名です。

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拝殿。

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本殿。

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鴨神社のある稲荷山の山頂に忠魂碑と広場。

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風が強く肌寒いもののなかなかの眺めでした。

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下まで降りて・・・鴨方往来にある鳥居。

浄光寺
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浄土宗鎮西派のお寺。

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浄光寺の向かいには、西山拙斎の居宅至楽居跡と私塾欽塾跡の看板。 西山拙斎は、「鴨方に過ぎたるものが三つある。拙斎、索我、宮の石橋」と歌われる江戸時代後期の儒学者。

鴨方陣屋跡
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現在は黒住教となっているようです。

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石垣と井戸は当時のもの。黒住教と書いてあったので入らなかったのですが井戸があったのならちょっと見てみればよかったな。

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鴨方陣屋跡の背後の鴨山は備中守護職細川氏の居城であった鴨山城跡です。昔は石が転がってるだけで何もなかったのだけど、今は城跡らしくわかるように整備されているという話だったので今度来たときは山頂まで行ってみます。

長川寺
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曹洞宗の禅寺。室町時代には鴨山城主細川氏の菩提寺となりました。

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長川寺の境内にある龍宮門。旧正伝寺の山門で、明治から昭和にかけては鴨方高等学校が建っており、校門として使われていました。

西山拙斎の碑と墓
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西山家の墓所にある西山拙斎の頌徳碑と墓。

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説明看板。

その他
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現在の鴨方往来。

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少々肌寒い日でしたがそこかしこに春を感じられる町歩きでした。

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21:31  |  岡山  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2017'03.04 (Sat)

鴨方街歩き その①

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担当:アル姉

庭瀬に続いて鴨方へ行ってきました。前回紹介した庭瀬往来は鴨方往来の沿線です。

2/12(日)
かもがた町家公園
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江戸時代の岡山藩と鴨方支藩を結ぶ官道であった鴨方往来沿いに、 2棟の町家や土蔵などを修復した公園で、100名ほどのボランティアスタッフによって運営されているそうです。
公式ホームページはこちら

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マップ。

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手前が遊びの広場。奥の方には伝統植物園がありますが公園が完成した当時はまだ孟宗竹に覆われていたそうです。

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懐かしい竹の遊具です。何とかまだ竹馬に乗れるだけのバランス感覚はありました。

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ふれあいの館と井戸。

かもがた町屋公園の中核となっているのはこちら。
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旧高戸家住宅。伝承館という有料見学できる施設になっています。有料と言っても大人100円、無料でガイドさんが案内してくれるので是非入ってみてください。
江戸時代鴨方藩の庄屋を世襲し油商を営んだ家で、出身が奈良県今井町ということもあって大和様式と備中様式を合わせた建築工法が用いられているそうです。ちなみにここは 江戸時代の貞享4年(1687年)の修理棟札から築後300年以上を経ていることがわかっており、岡山県最古の町屋だとされています。

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パンフレットから間取りなど。

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旧高戸家住宅の案内板。

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みせどまの大戸口の格子戸。大きなものを入れるときには格子戸の枠そのものが開くようになっています。格子構は「切子付親子格子」と呼ばれる特殊な意匠なのだそうです。内側にある片折れの板戸なども戸が大きいがゆえの構造となっていて面白いです。

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店の間の格子。ここで商いをしていたのですね。

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式台。いわゆる式台玄関ですが、士農工商などの時代には商人の家に式台があるというのはよろしくないということで、隠すための覆いがあったのだとボランティアの方がおっしゃっていました。

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奥にある座敷の襖絵は倉敷市船穂出身の画人小野雲鵬によるもの。蔵に保管されていたためとても色鮮やかなまま残っていたそうです。鹿の毛並みなど細やかで見事でした。今はこうして普通に飾られているのですが、焼けちゃって劣化するんじゃないかと心配になっちゃいますね。

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欄間も美しいですね。

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ちなみにこの高戸家の壁土なのですが、綺麗なピンク色をしていますよね。これは鉄の含有量の多い遥照山の土を使っているのだそうです。

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お庭。飛び石の先には御成門があります。

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通りから見た御成門。藩主が出入りに使ったとされる門です。

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かまばにある置きくど。台所です。こんな大きな台所は岡山の町屋では珍しいんですって。持ち運びが可能になっているのも大和風の特徴。

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天井部分からは煙が出て行くようになっており、かまばの勝手口はとても広く置きくどが持ち出せる幅になっています。

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かまばから。奥が店土間・店の間、手前は内庭と居間。

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江戸時代の数の暗号なども展示されていましたがとんちが聞いていて面白いですよね。

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わかり辛いのですが、公園として整備する前の旧高戸家の様子を写したものです。復元修理前はやはりかなりボロボロだったようですね。

さて、外へ。
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もう一つの町屋は棟札から延享5年(1748)に建てられたもので、分家の母屋。交流館として利用されています。この日は岡大の落研のまちや寄席が催されており、中から軽妙な落語と楽しそうな笑い声が漏れていました。

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交流館裏手。まちや亭という和風喫茶があります。

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書状集箱。明治初期に使用していたものと同じ型のポストで実際に使用されているのだそうです。面白い。

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公園北側の展望台から。

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公園の北側にある宮の石橋。「鴨方に過ぎたるものが三つある拙斎、索我、宮の石橋」と昔から里謡にうたわれているもののひとつです。長い板状の石6枚を反らせて造られた太鼓橋。手前には田中索我(江戸の絵師)の墓碑があるのですが写真にはおさめていませんでした。

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別角度。この石橋は鴨方往来から鴨神社に参拝する参道となっているのです。立体交差している付近の小字名は「鴨之下通」。

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この上が鴨神社。

鴨神社と公園周辺についてはまた次回。
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