2017年01月 / 12月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫02月

2017'01.18 (Wed)

三輪山登拝 その4

画像をクリックするとアップロードサイズでご覧いただけます。
使用カメラ:ソニーα55
担当:アルパパ

大神神社の注連縄
何度か記事に名を出したAさんですが、Aさんによると、注連縄を逆向きに絞めてある神社は、神様をそこに封じ込めてあることが多いそうです。代表的な例は、大神神社、出雲大社であると聞いていましたので、今回は、これを確認するのも目的の一つです。

DSC08755_20170110153823285.jpg

DSC08841_201701111421071fe.jpg DSC08842_20170111142108d43.jpg
大神神社の注連縄です。両端を大写しすると、左元、右先になっていますが、これが逆締めです。なるほど、確認しました。

こうした神々の封じ込めが行なわれたのは、天武天皇が古事記・日本書紀の編纂を命じた頃からだとされています。大和朝廷、天皇家の体制が磐石となったのを機に、他の氏族の神々を表の世界から消し去っていったようです。本来は男神の天照が女神になったのもこの頃といわれていますが、それは、天武の母親であった女帝・斉明から天武への皇位継承を、女神・天照からニニギへの天孫降臨に模すためであったといわれています。

本来の男神・天照は、最初の大和政権を打ちたてた、スサノオの子ニギハヤヒであるといわれていますが、天武帝にとっては、封じ込まねばならない不都合な存在だったのでしょう。

岩戸山・天照大神
祇園祭、岩戸山の天照。凛々しい姿です。(写真はネットから拝借)
岩戸山の名は、勿論、アマテラスの岩戸隠れに因んでいるわけですが、隠されたのは男神、出てきたのは女神だったというわけです。男神であるニギハヤヒが出てきたら、それが真の岩戸開きといわれています。
祇園祭は牛頭天王(スサノオ)を祀る祇園神社の伝統の祭。京の町衆は、アマテラスが男神であるという真実を守り続けているのですね。


出雲大社
次に出雲大社を見てみましょう。その前に、あまり知られていないであろう事実をWikipediaから引用します。

本殿・・・玉垣、瑞垣(廻廊)、荒垣の三重の垣根に厳重に守護されている。本殿内北西には御客座五神(天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神、宇摩志阿斯訶備比古遅神、天之常立神)が祀られている。大国主大神の御神座は本殿内北東にあり、正面である南側ではなく西側を向いている。(引用、以上)

つまり、我々が出雲大社に詣でて祈りを捧げるとき、その正面に鎮座するのは大国主ではなく、別天津神(ことあまつかみ)と呼ばれる天地開闢の時にあらわれた五柱の神々であり、大国主は、右端で横を向いているという構図です。この五柱の神々は、大国主のお目付け役なのでしょうか? 御客座五神のことは公式HPにも載っていないところをみると、あまり、大っぴらにはできないのでしょうね。
ですから、大国主に祈りを捧げるときには、垣外の本殿の西からお参りするのがよいのです。

DSC09556.jpg DSC09555.jpg
横に回ってみると、そこには小さな拝所があり、知っている人はこうして並んでいます。出雲大社に参拝されるときには、ちょっと、頭に入れておいてください。

さて、問題の注連縄ですが、
s-DSC09532_20170111161415e46.jpg
太すぎて判りにくいですが、確かに、左元、右先の逆締めです。

大国主は、日本神話から見ても、今回のアルパパの考察から見ても、封じ込まれるべき不都合な存在なのです。

s-DSC09385_20170111161417f36.jpg 
出雲大社旅行中(2013年6月)のアル先生。
「僕の帽子姿、カッコいいかなぁ?」。
「アル先生、喜び過ぎて、目と耳がないよ!」


大山祇神社
大三島の大山祇神社も逆締めだそうです。

r-DSC06262_2017011115554109e.jpg
この写真は、2016年9月の旅行記に載せたもの。境内摂社、宇迦神社のものです。
こちらは注連縄が細くて判りにくいのですが、よく見ると、左元、右先になっているようです。このときの記事で、アルパパは、ここには瀬織津姫が封じ込まれているのではないかと書いています。

ところで、大山積神は4姉妹、イワナガヒメ、コノハナサクヤヒメ(ニニギの妻)、コノハナチルヒメ(スサノオの子の妃)、カムオオイチヒメ(スサノオの妻で、大歳神、ウカノミタマノ神(稲荷神)の母)の父として有名ですが、その実態は謎で、全国の大山祇神社に色々なかたちで祀られています。あるところでは、スサノオの妻の稲田姫の祖父として神話に登場するかと思えば、ここ伊予大三島の大山祗神社では天照大神の兄として登場し、また、最古と言われている薩摩の大山祗神社ではニニギの妻吾多津姫(コノハナサクヤヒメ)の父として祀られているといった具合です。このように、同一人物とは考えられない多様な側面があり、その土地、その土地の縄文の神を大山祗神と呼んでいるのかも知れませんし、更には、大山積神の降臨地がニギハヤヒの大和進出の地と重なるので、大山積=ニギハヤヒという説さえあります。であれば、もしかすると、閉じ込められているのは、大山積神かも・・・。


スサノオ考
昨年の鳥取旅行から、ずっと、スサノオさんを追ってきたように思います。スサノオファンのアルパパとしては、スサノオさんが退治したヤマタノオロチが悪神ではなく、平和な南方系縄文人のトーテムであったと知って、心穏やかではありませんが・・・。

それにしても、スサノオさんは、謎な神様です。日本神話でも、一瞬、しかも乱暴者として描かれただけで、すぐに、その姿を消してしまいましたが、どんな役割を持っているのでしょうか。

ヒントは、いくつかあります。「日月神示」の中では、国常立大神が、「スサナルノ大神さまは、陰で人民を守護されている、ご苦労な神様であるぞ」と述べています。また、スサナルノ大神は破壊と創造の神といわれています。つまり、普段、人の前にその姿を現すことはないが、本当に大きな時代の節目になると姿を現して区切りを付け、次の世を創るのがお役目なのだと思います。

数万年も続いた縄文の女性性の時代は、平和な時代でしたが、進歩がありませんでした。そこに登場したスサノオさんの役割は、長い停滞の時代を終わらせて、進歩をもたらすこと。それが、ヤタタノオロチ退治の意味するものです。
それに続く男性性の時代は、大きな進歩をもたらしましたが、一瞬たりとも、戦いが途切れることはありませんでした。そして、僅か2000年で、この男性性の時代は、既に煮詰まってきたように思います。そろそろ、次の時代に向けて、スサノオさんが動き出す。いや、もう動き出しているのではないでしょうか。創造に先立つ破壊という面では、我々の回りにその兆しはいくつも見て取れます。

そして、次の時代は、再び、女性性の時代かというと、そうではなく、天から降りてくるメッセージは、一様に、「男性性と女性性の統合」であり、「陰陽の統合」であり、「光と闇の統合」であり、「二元性を終わりにせよ」というものです。

さて、これから先、どんな破壊と創造が待ち受けているのでしょうか。数千年あるいは数万年に一度かも知れない、そういう時代に我々は、立ち会おうとしているのかも知れません。


<おしまい>

にほんブログ村 アウトドアブログ キャンピングカーへ

スポンサーサイト

テーマ : 神社めぐり - ジャンル : 旅行

20:18  |  近畿  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
 | HOME |  NEXT