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2016'07.20 (Wed)

鬼ノ城

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担当:アル姉、カメラ:SONY α55

こんばんは、アル姉です。中国地方ではやっと梅雨が明けました。そんな中これからご紹介するのは梅雨真っ只中のお出かけ記録です(苦笑) 


鬼ノ城 6/18(土)

r-DSC05558.jpg(学習広場から角楼と西門)
梅雨の晴れ間に岡山県総社市の鬼城山(標高約400m)にある日本の古代山城の遺跡に行ってきました。鬼ノ城はすり鉢を伏せたような形の山の8合目~9合目にかけて鉢巻き状に城壁をめぐらせ、高さ6mにも及ぶ土塁や石塁の全周は2.8kmに及びます。神籠石式の山城で築城時期はおよそ1300年ほど前。白村江の戦の敗北後、唐・新羅の侵攻に備えて、当時の政権が西日本各地に築かせた古代山城の一つであると言われています。しかしながら日本書紀などには一切登場せず、築城時期についても様々な説がありまだまだ謎の多いお城です。

角楼や4つの城門、6つの水門など、今は立派に山城らしいたたずまいを見せていますがここまで整備されたのはわりと最近で、昔は大きな岩があるだけの城跡という感じでしたのでまるで印象が違いました。北の一部などは昭和40年代にはモトクロス場になっていたそうです。昭和50年代から度重なる調査が行われ、この十数年の間に大規模な復元も行われてきました。2006年には日本の名城100選にも選定されています。今では全国各地から、さらには海外からの観光客もいるそうで、この日もビジターセンターの駐車場には東北・関東・関西・九州方面の県外ナンバーの車がずらりと並んでいました。びっくりですね。

鬼ノ城の場所

ビジターセンターがあり、駐車場は70台ほど。砂川公園までの道は広く綺麗なのですが、そこから鬼ノ城のビジターセンターまでの3kmは長7m×幅2.1m以下の車のみ可となっています。離合場所はたくさんありますが運転に自信のない方はそれでも苦労されるようです。間違ってもキャブコンなどでは行かないようにしましょう アル一家も今回はアウトランダーで行ってきました。タクシーを利用する人や砂川公園に車を置いて歩く人(鬼ノ城の見学まで合わせると何時間もかかってしまいます)も見られます。GW期間中には砂川公園からシャトルバスが出るので、そのタイミングを狙うのもありかもしれません。

ビジターセンター
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駐車場約70台。午前9時~午後5時まで。(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日と年末年始。
※月曜日が祝日の場合は翌日。連休に月曜日を含む場合は、連休明けの平日が休館
自販機などはありません。飲食物は持参するようにしましょう。ウォーターサーバーはありました。
名城スタンプもあります。休刊日はスタンプ台だけ外に置いてあるそうです。

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ビジターセンターでもらえる鬼ノ城のMAP。拡大してご覧ください。お勧めの散歩コースが3つほどのっていますが、西門コースは車椅子の方でも行けるようにとバリアフリーの散策路が設けられています。サンダル・ミュール履きの女性でも大丈夫そう。アル一家は今回は外周をぐるりと一周することにしました。普通は反時計回りで見ていくことが多いのですが今回はいつもとは気分を変えて北回りの時計回りです。一周するつもりの方は履物はスニーカーなど運動に適した格好がいいと思います。いい運動になりますよ

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学習広場から。西門と眼下の景色。もやっぽくてあまりはっきりと写らなかったのですが、この平野は吉備の穴海と呼ばれる内海でした。岡山県南部には「島」の着く地名が多いですが昔はまさにどこも島だったわけです。

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学習広場のデッキのすぐそばにある巨石。鍵岩と呼ばれているもので、西門から見るとかなりの傾斜で刺さっているように見えました。転がり落ちないように付け根のあたりは少しコンクリで固めてありますね。にしてもアルパパの撮った写真は最近ピンボケが多いな・・・。というか、写真担当がアルパパだったので使える写真が少なくもやもやしています(苦笑)

西門
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いまや鬼ノ城のシンボルとなっている西門。掘立柱城門で周囲は版築土塁と呼ばれる土塁で固められています。版築というのは土を建材に用い強く突き固める方法で、万里の長城の一部でも用いられた工法です。しかしこの版築土塁というのはなかなか難しいらしく、復元した土塁はいままでに何度か風雨の浸食で崩れているため、現在は補強財を埋め込んでいるそうです。それがちょこちょこ顔を出してしまっているのが残念

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内側から。門の両側、枡形のあたりはしっかりとした石積みになっています。

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発掘時の様子。12本の柱の位置と太さ、埋め込まれた深さ、各柱間の寸法まで正確に知ることができるほど良好な状態だったようです。それらの資料を元に、関連資料を参考にして、戦闘の場としての性能を考慮して3階建ての城門に復元したのだとか。ん~、実際はどんな建物だったのでしょう。復元せずに想像する余白を残して欲しかった気もしますが・・・。

角楼
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西門の北に角楼とされる城壁の一部が長方形に張り出した場所があります。土台は石垣積みになっていて上は木張りの舞台になっています。角柱の跡なども見つかっていますが建物があったかどうかは不明なのだそうです。見張り台だったのかな。

北回りで散策していきます。

北門
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内枡形を付属した門。通路床面下には排水溝が設けられており、これは日本の古代山城では初の発見だそうです。

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門の外側がこんな感じ。(昨年の冬撮影)

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途中の道にも巨石がごろごろしています。

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温羅旧跡の石碑。岡山では吉備津彦命と温羅の伝説が有名ですが、温羅というのはいわゆる悪役です。百済から渡り製鉄技術を伝え、古代吉備地方の統治者となったとされる温羅の統治は人々には耐え難いほどに荒っぽいものだったと言われています。人々が都へ窮状を訴えたため朝廷から吉備津彦命が派遣され、この山に城を構えていた温羅はその軍勢に攻め落とされたと言われています。鬼ノ城から10kmほどの場所には吉備津彦命が本陣を構えた場所とされる吉備津神社があり、その他にも吉備津彦命と温羅の伝承が残された場所が多く残されているのもロマンを感じさせますね。

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北東に視界の開けた広場があります。屏風折れの石垣という高石垣で有名な場所です。ただ、ここに立っていても屏風折れの石垣は見えません。

岩の上から覗き込むと
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こんな感じで見えます。柵などもありませんので小さいお子さんを連れて行く場合はこの広場ではお手を離さずに!

屏風折れの石垣
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もう一枚、広場から少し離れたところから。看板によると「血吸川の急崖上に舌状に構築されており、内側列石や敷石が残っていることから、建物等は存在しない可能性が高いと考えられます」とのことです。素人目には礎石の跡なのでは?と思える石もたくさんありましたが、専門家がないというのだからないのでしょう。

鍛冶工房跡
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説明看板がなければまったく気づかないであろう鍛冶工房跡です。2009年に行われた発掘調査の後に埋め戻されているので現在の状態はご覧のとおりです。9基の鍛冶炉の跡が発見されたそうです。

東門
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やや小ぶりの門。他の3つの門では角材を用いていたのに対し、東門は大きな石の一部を弧状に加工していることから丸材が用いられていました。

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大きな岩が横たわっています。さきほどの鍛冶工房遺跡はこの東門の上方に延びる尾根一帯に広がっていたようです。鍛冶工房や東門あたりのルートはあまり道がよくなかった気がします。底がツルツルに近いスニーカーのアル姉はちょっぴり滑りました。転ばなくてよかった

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第4水門。草が茂っていてあまり見えません。

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東門と南門の間にある突出部が見えてきました。高石垣も見えます。

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途中の岩に石仏が彫られています。千手観音様でしょうか。

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突出部の展望台に到着。

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展望台からの眺め。ここも鬼ノ城の東に位置しているので屏風折れの高石垣の広場から見た景色とあまりかわりません。見えているのは足守方面。

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通路に突然現れる敷石。排水溝がきちんとあります。

南門
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角柱を十二本使用した、大規模な掘立柱城門。西門と同規模の大きな門だったようです。

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南門から少し進んだところ。この突出部周辺も高石垣を観察しやすいスポットです。でも覗き込むのはちょっと怖い

第1・第2水門
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第2水門。

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第1水門と第2水門の間の土塁。

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第1水門。

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敷石の敷かれた通路を西門に向けて歩きます。まだこんなに整備されてなかった頃、2歳くらいで元気いっぱいだったアルを連れてきたことが懐かしいです。当時はテジカメをあまり持ち歩かなかったので写真は残っていませんが、短い足で元気いっぱい歩いてました。

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一周して西門にもどってきました。反時計回りに散策される人が多いと思いますが、時計回りもなかなか良いですよ。傾斜した敷石の通路を上っていくとドーンと西門が現れるので感動します。さて、敷石は今までにもちょこちょこありましたが、この区間が一番綺麗でした。排水のことを考えてのことなのでしょうか、傾斜がつけられています。看板には「敷石は、日本の古代山城では鬼ノ城にしかなく、朝鮮半島でも数例知られるだけの珍しいものです」とありました。ここも鬼ノ城ならではの見所ですね。

ぐるりと一周で1時間半ほど歩いたのかなぁ。途中で説明を聞いたりもしていたのでゆっくり目ですがさすがにバテました。お城好きでも石垣好きでもないアルパパ・アルママを連れてこれ以上は粘れませんので休憩がてらビジターセンターの中へ。

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模型や航空写真が展示されています。鬼ノ城の概要や古代山城についての解説などがありますから散策前に予習をしたほうがより楽しめるかもしれません。

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復元された西門にあった鬼ノ城の盾。盾中央の鬼面は奈良県藤ノ木古墳(6世紀後半)出土の鞍に彫られた壁邪獣をもとに図案化されたのだそうです。

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ビジターセンターの軒先にあったツバメの巣。人の出入りが激しいのでお母さんが心配そうに周りを飛んでいました。

おまけ
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今回は行かなかった礎石建物跡。

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復元中の西門城壁。

今回は草がかなり茂っていたので見辛い遺構も少なくありませんでした。真夏に歩くのは大変そうなのでまた秋くらいに来られたらいいなぁ。そのときは自分でカメラを持っていって撮りたい場所を撮らねば 長々とお付き合いありがとうございました。ではまた~アル姉でした。

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テーマ : 岡山県 - ジャンル : 地域情報

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