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2012'05.29 (Tue)

南九州旅行【五日目その弐:知覧】

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関連記事:南九州旅行【一日目:日南海岸まで730km】 【二日目:都井岬・佐多岬】 【三日目:桜島】 【四日目:霧島・えびの高原】 【五日目その壱:指宿・枕崎


5/2(水)
五日目その壱:指宿・枕崎の続きになります。
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ルートとしては、ここのD:枕崎の火之神公園からです。

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枕崎で運転を交替して知覧へ向かう道中、鹿児島県道34号枕崎知覧線という県道を利用しました。この道の沿線には延々と緑の茶畑が広がっているので走っていて本当に気持ちが良いです。

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知覧町に入ってしばらくすると、等間隔に並んだおびただしい数の石灯籠が目に飛び込んできます。後ほど訪れる予定の知覧特攻平和会館周辺の道路に建てられた石灯籠で、全国の有志からの浄財で沖縄戦で散華された1,036名の御霊を祀っているのだそうです。当初は1,036 柱の灯篭を建てる計画でしたが、今も申し込みが途切れることがなく1,036柱を超えて増えているとか。

知覧武家屋敷
実は枕崎からアプローチすると武家屋敷より特攻平和会館のほうが近いのですが、今回は武家屋敷を先に見ることにしました。
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車は市役所西の有料駐車場に停めました。有料で一時間200円。以降30分毎に50円。他にも駐車場が何箇所かあり、その付近には知覧武家屋敷庭園の入園料取扱所が設置されています。入園料は大人500円・小中学生300円。7つの庭園の共通券になっています。

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薩摩藩は鶴丸城を内城とし、藩内に113の外城を設けてその周囲に武家集落を造り、人口比で26%もいた武士を各地に分散させました。外城の武士は半農半士の生活をしていたそうです。知覧は薩摩113外城の一つで、知覧島津氏(佐多氏)の私領地でした。薩摩の小京都と呼ばれる美しい町並みにはあわせて七つの池泉式庭園と枯山水庭園が点在していおり、18.6hが伝統的建造物群保存地区に選定されています。中心部を走る独特の意匠をした生垣の城馬場通りは日本の道100選のひとつでもあります。

さて、庭園の共通券も買ったしいざ庭園見学へ。南西から北東へ順番に見て行きます。上の地図だと左から右ですね。庭園の詳しい説明などは省略したいと思います。詳しい紹介は南九州市知覧観光協会のこちらのページをご覧ください。

一番最初は西郷恵一郎庭園
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知覧の武家屋敷は、門をくぐるとすぐ目隠し用の屏風岩に突き当たります。くねくね折れ曲がってやっと屋敷玄関につく感じでした。

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庭園はこんな感じ。ありがたいことに知覧武家屋敷群の庭園はペット同伴可です。

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端午の節句中だったからかどうかはわかりませんが屋敷には立派な兜が展示されていました。
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続いて平山克己庭園
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先ほどのお屋敷と同じで目隠しの屏風岩と生垣があります。

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全体的にも部分的にもとても丸く柔らかな印象。

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こちらは城馬場通りから見た生垣。庭園よりもこの生垣が気に入ってしまいました。

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これはメインストリートではない横の小さな路地。2番目の平山克己庭園と3番目の平山良一庭園の間。おそらく観光客はほとんど入っていかないであろうこんな小さな路地も、奥のほうまできちんと垣根の整備がなされています。
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平山亮一庭園
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こちらの目隠しの屏風岩は大きな切石。

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前面にサツキの大刈込みがあり、時期が合えばこの緑のサツキが、ピンクの花で覆われるんですよね。うーん、惜しい。この日は知覧に中学生の団体が来ていて、かわいい女の子たちに囲まれてモテモテだったアル先生、ちょっとお疲れ気味ですか~

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右手、城馬場通りからみた平山亮一庭園生垣。
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武家屋敷群のちょうど中間地点に稽古場跡という碑が建っていました。
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そしてこちらはその向かい側にある二ツ家。
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知覧型二ツ家は おもて(主屋)となかえ(付属屋)をつなげて、そこに小さな棟を付けている家をいい、知覧独特の民家だそうです。現在武家屋敷群の中に2棟の二ツ家が公開されていて中は喫茶店のような感じになっていました。
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佐多美舟庭園
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知覧庭園の中で最も豪華で広い庭園だそうです。

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せっかくなのでアル先生も一枚
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佐多民子庭園
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ちょうど人の出入りが激しいタイミングだったのであまりゆっくり見られず印象が薄いです。
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佐多直忠庭園
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ふー団体さんが途切れて人が少なくなったのでほっと一息。

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佐多姓の三庭園の周辺。
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庭も面白いですが私はこの城馬場通りに面した生垣を見るのが楽しくてたまらなかったですね。

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城馬場通りには武家屋敷庭園だけではなくカフェもいくつかあります。

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高城庵(たきあん)さんでは武家屋敷の中で、藩政時代からのお膳で食事ができます。また二ツ家である高城家住宅の無料公開もされており、団体さんは要予約でこの二ツ家でお食事をいただくこともできるそうです。
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ラスト、森重堅氏庭園
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亀甲城の山麓にある唯一の池泉庭園です。

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池のある庭園だとやっぱり鯉もいるわけで、アル先生が覗いちゃって危ないのです
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最後にメインストリートの写真をいくつか。
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ちなみに知覧のこの城馬場通りはAM10:00~PM4:00の間車両通行止めになります。伝統的建造物群保存地区といえどもちろん多くの方が普通にお住まいになっています。365日、これだけ長時間の車両通行止めは生活には大変不便でしょうね地元の方もこのせいで若い人が住みたがらないのだとおっしゃっていました。

さてさて、知覧武家屋敷庭園の紹介はこんな感じです。武家屋敷自体も素晴らしいし、門と屏風岩そして庭園を見ながら玄関に至るというその道のりそのものが素敵なのですが、写真も少なくちゃんとお伝えできなくて残念です。私は全庭園を拝観できて500円なら全然高くはないしお得だなーと思いました。興味をもたれた方は是非実際に行ってみてくださいね。

特攻平和会館
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さて、この日のラスト、そしてこの旅行のラストでもありメインテーマといっても過言ではありません。

知覧は太平洋戦争(大東亜戦争)末期、大日本帝国陸軍の特別攻撃隊の基地があった場所です。この平和会館では写真、遺書などの遺品約4,500点、特攻隊員の遺影1,036柱などが展示されています。会館の中は撮影禁止なのでこちらの公式サイトなどをご覧いただければと思います。ブロ友のmametaroさん柴犬mametaroのキャンピングカー旅日記:写真が豊富で素晴らしいですよ)のおかげで知ることが出来ましたが、入館時にいただけるリーフレットのダウンロードもできるようになっています。リーフレットのダウンロードはこちら(pdf)

会館内の見学を終えて外に出ると小雨が降り始めていました。公園内にも色々あるようなので少し回ってみます。

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館内に展示されている戦闘機零式艦上戦闘機五二丙型。所謂零戦ですね。外からでも見ることができました。昭和20年5月鹿児島県甑島の手打港の沖約500メートル、水深約35メートルのところに海没していたものを知覧町が昭和55年6月引き揚げたものです。この他に陸軍四式戦闘機「疾風」、陸軍三式戦闘機「飛燕」が展示されていて、それぞれ現存するただ一機の貴重な機体なのだそうです。

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再現された三角兵舎。特攻隊員の半地下式の宿舎。日本各地から集まった隊員たちは、数日後には出撃し沖縄の空に散華されました。

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特攻勇士の像「とこしえに」。近くにはそれを見守るかのように建てられた母の像がありました。

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一式戦闘機「隼」。映画「俺は、君のためにこそ死にに行く」の撮影のために復元されたもの。

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特攻平和会館前の道は桜並木のトンネルの両脇に石灯籠が並んでいました。帰り際この道を通りながらいろいろなことを考えました。

沖縄で特攻戦死した隊員の数は1036名。展示されている遺影の一人一人の顔を見て、遺書を読んで・・・言葉は詰まり、ただただ涙が溢れました。中高校生の頃「きけ わだつみのこえ」という戦没学生の手記を集めた本を読んだことがありますが、活字と違ってひとりひとりの文字が見える形で展示されているだけに心に迫ってくるものがあります。笑顔の写真の特攻隊員たちは私よりはるかに若い青年、少年達です。敗戦色が濃厚だった時期に何故これだけの若者が命を落とさなくてはならなかったのか。国を思い、家族を思い、それらを守るために己の命を投げ出せるものなのだろうか。死を前にして残されたいくつもの写真、その中の彼らの笑顔がとても印象的でした。平和な今日に至るまでに、生きたくても生きられずその命をもって大事なものを守ろうとした若者たちがいたことを、私たちは忘れずに生きていかなくてはなりませんね。

最近はこの平和会館を修学旅行で訪れる中学校が増えているそうですね。私は中学校の修学旅行で長崎原爆資料館を訪れたとき涙が止まらずそのあとの昼食の皿うどんを食べ損ねるほど凹んでしまいましたが、10代の少年少女が平和会館を訪れるというのもなかなか大変なことかもしれません。大人になってもう一度、彼らが足を運んでくれたらと思います。

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知覧をあとにしたアル一家は川辺ふれあい会館でお風呂に入り、道の駅川辺やすらぎの郷で九州最後の一夜を過ごしました。実質南九州旅行の観光はこれで終了です。六日目はただひたすらに自宅までの730kmを走るのみ。ですが、何やらちまちま写真がありそうなのでまた後日アップいたします。

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2012'05.24 (Thu)

南九州旅行【五日目その壱:指宿・枕崎】

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関連記事:南九州旅行【一日目:日南海岸まで730km】 【二日目:都井岬・佐多岬】 【三日目:桜島】 【四日目:霧島・えびの高原


5/2(水)
道の駅喜入で迎えた朝。
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前日の夜は土砂降りでどうなるかと思いましたが、何とか雨も上がりそうな雰囲気。

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5/2のルートです。道の駅喜入→指宿(池田湖・長崎鼻)→枕崎→知覧→道の駅川辺やすらぎの郷(宿泊地)、薩摩半島の南東部分をぐるッと回る感じです。

池田湖
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指宿と言えば砂風呂が有名ですが、指宿市街地へは行かず池田湖の方へ。池田湖は周囲15km、水深233mの九州最大の湖。綺麗な円形をしたカルデラ湖です。

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巨大水棲生物のUMAイッシーが目撃されたことでも何度か話題になってますね。この湖には体長2m級の大うなぎが多く生息しているというので巨大うなぎ説が濃厚?まぁ、正直イッシーくんはどうでもいいのです

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開聞岳が見えるかと期待したけど見えませんでした。開聞岳は薩摩富士と呼ばれる標高924mの火山。池田湖はこの開聞岳が見えないと魅力半減だなぁ

大うなぎにも興味はないし。せっかくだからお花畑を楽しみますか。
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お、アルママ力持ちっ

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二人がかりでアル先生の顔を持っているように見えるのは気のせいです 右の写真のぐりぶー、今回の旅行でちょこちょこ見かけました。ぐりぶーのプロフィールを調べたところ
 2011年3月より鹿児島にて開催された「花かごしま2011(第28回全国都市緑化かごしまフェア)」のマスコットキャラクター。
 鹿児島の黒豚が緑化フェアにあわせ緑色に。
 顔は同地の偉人である西郷隆盛似。

だそうです。色々ツッコミどころがありますがイラストで見ると可愛いよね。着ぐるみはアウトでした(笑)

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ちなみにこのお花畑があるのは池田湖パラダイスという旅の駅の前です。池田湖パラダイスでは巨大水槽で飼育されている大うなぎを無料公開していますよ。アル姉はニョロッとしたものが苦手なので見てこなかったです。

長崎鼻

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続いては開聞岳の裾野を通り、薩摩半島の最南端の岬長崎鼻へ。

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うーん、全貌が見えそうで見えない・・・大隈半島の佐多岬から見た開聞岳よりはるかに近くに見えますが雲が邪魔をするー開聞岳の真東を通ったあたりでは全体が見えていたようなのですが助手席からは見えなかったので写真も撮れず。

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長崎鼻一帯には浦島太郎伝説があり竜宮神社が鎮座していますがこんなモニュメントもありました。

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長崎鼻灯台。日本の灯台50選には選ばれていませんが青い空と海に映える白亜の灯台でなかなか綺麗です。

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長崎鼻から見る薩摩半島最南端。

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灯台の先に広がる磯に下りることも出来ますが足元に注意です。

長崎鼻を見学する際の駐車場は長崎鼻パーキングガーデンと共同になっているようです。お土産物屋さんだと有料だったりするので無料の共同駐車場に停めるのがいいと思います。パーキングガーデンでは亜熱帯植物を植樹しており、園内にはサル・インコ・フラミンゴなど様々な動物が放し飼いにされていて90種以上の動物を見ることができます。今回はスルーしましたが、子供の頃に入園したときはカラフルなインコのショーにびっくりしましたね。お時間とお財布に余裕がある方は是非寄ってみてはいかがでしょう長崎鼻も開聞岳もばっちり見えます。他に開聞岳の近くには開聞山麓自然公園というトカラ馬と触れ合える公園もあってそちらもおすすめです。

長崎鼻をあとにして国道へ戻ろうとしていたら途中に「JR日本最南端の駅」という看板が出ていました。指宿枕崎線の西大山駅という駅が近くにあったみたいです。寄ってみればよかったな。指宿枕崎線と並んで海沿いを走る国道226号を西へと走り枕崎に到着。

枕崎
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枕崎といえば枕崎漁港。

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漁港にあるお魚センターはTVのグルメ番組などでも紹介される有名どころ。観光バスもたくさん来ていました。

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そしてかつおの水揚げで名高いだけにこんなものもありました。

しかし、私たちが枕崎に来たのはかつおを堪能するためではなくてですね・・・。
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立神岩(標高42mもある立派な岩)や開聞岳など景観が素晴らしいとされる公園、火之神公園に行くのです。

夏場はプールやキャンプ場としてにぎわう公園なのですがその一角に平和祈念展望台(戦艦大和殉難鎮魂之碑)がありました。
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展望台に建立された殉難鎮魂之碑と、世界の恒久平和を願うシンボルの女神像。

解説パネルから転載。
  この展望台は、太平洋戦争の末期、戦艦大和を旗艦とする第二艦隊が沖縄決戦へ向かう途中、米軍機と死闘の末撃沈した海域を眺望できる場所に造られました。 第二艦隊の旗艦である戦艦大和は、ここから西南西約200粁の水深約340米の海底に沈んでおり、その右方に巡洋艦矢矧、駆逐艦磯風、濱風、霞、朝霜の順に沈んでおります。 このことは、戦艦大和会を中心に結成された「探索会」が、昭和五十五年七月の第一次海底探索、昭和五十六年四月の第二次探索、昭和五十七年五月の第三次探索により同水域を沈没地点と断定。昭和六十年八月には、海の墓標委員会がイギリスの潜水艇パイセス二号の協力を得て行った潜航調査で確認。また、平成十一年八月テレビ朝日がタイタニック号の水中撮影や船体の一部引き揚げを手掛けたフランスのサルベージチームの協力を得て行った二隻の潜航艇による潜水調査で確認されております。

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第二艦隊のそれぞれの沈没地点を記した碑。

太平洋戦争末期の昭和20年4月7日、戦艦大和を旗艦とする第二艦隊が沖縄決戦へ向かう途中、この枕崎沖西南西約200キロの東シナ海で米軍機に撃沈され、戦艦大和、巡洋艦矢矧、駆逐艦磯風濱風朝霜の計6隻の戦艦と3721名の命がこの海に消えたのです。遺族や平和を願う人々の想いが強く残されている感じがして、少し足元がおぼつかないような眩暈のようなものに襲われました。アルのお散歩が出来ればいいなと軽い気持ちで寄った公園だったのですが、思わぬところで無知な自分を恥じることになってしまいました。

そして帰り際にこんな看板を見つけました。
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うーん?この映画見たことあるぞ。せっかくなので行ってみます。

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立神岩の見えるこの場所で、立神岩を背景に撮影が行われたようです。どのシーンか全然覚えてないけれど

ちなみにこの反対側は
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枕崎港が見えます。

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キャンプ場もすぐ近くだったりします。立神岩と美しい海、そして開聞岳までも見渡せる絶好の場所が無料のキャンプ場だというから驚きですね。

この後は知覧へ向かうのですが長くなってきたので記事を分けますね。次回は知覧の武家屋敷の紹介になります。

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23:26  |  九州  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2012'05.21 (Mon)

南九州旅行【四日目:霧島・えびの高原】

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関連記事:南九州旅行【一日目:日南海岸まで730km】 【二日目:都井岬・佐多岬】 【三日目:桜島

 
5/1(火)
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霧島高原国民休養地で迎えた朝は、雨は降っていないもののやはりすっきりしないお天気。キャンプ場の周囲をヤギさんとわんちゃんを連れてお散歩するご夫婦に会いました。このあたりにお住まいの方なんでしょうかねー。ちょっとびっくりしましたがのんびりしたお散歩が微笑ましくて顔がほころんじゃいます。

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さて、この日のルートは高千穂河原→えびの高原→城山→道の駅喜入(宿泊地)となっています。

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霧島温泉街を抜けて前日の道を逆走します。

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道の駅霧島の看板を発見、せっかくなのでちょっと休憩。桜島は今日も雲がかかっています・・・しょんぼり

高千穂河原
高千穂河原への道は霧島神宮の少し東にある道を上っていくのですがこの道がけっこうな急勾配。乗用車ならなんともないのでしょうがアルキング号には苦しかったよー。

青木ヶ原のときみたいにナビが迷走を始める中で高千穂河原に到着。
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下の方では日が射したりもしていたのに標高970mの高千穂河原は雲の中、雨が降っていました。この辺りには有料駐車場とビジターセンター、パークサービスセンターなどがあります。

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霧雨なのでまたもやレインコートで武装して霧島神宮古宮址へ向かいます。一の鳥居は駐車場からすぐ。ここから数百メートルなだらかな砂利の参道が続きます。

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境内にはミヤマキリシマも咲いています。

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古宮址に到着。本当はこの場所、高千穂峰の御鉢(高千穂峰に付随する側火山)が見えるはずなのですが・・・ん~、何も見えませんね

24年前の写真にはばっちり写っていました
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山を見るときはお天気って大事ですね。今回の旅行でそれを痛感しました。

霧島神宮は古くは高千穂峰と御鉢の間の背門丘(せとを)にありましたが、御鉢の噴火によってたびたび焼失したため天暦年間に高千穂河原に移されています。しかしながら文暦元年12月の御鉢の噴火によってそれも焼失してしまい、霧島神宮は後に別の場所で再建されることとなり、高千穂河原には社殿の跡地が残るのみとなりました。そして昭和51年に神武天皇即位紀元(皇紀)2600年を祝った紀元二千六百年記念行事の一環で古宮址に斎場が作られました。

天孫降臨神籬斎場
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現在は毎年11月10日の夕刻にここで天孫降臨御神火祭が開催されています。

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古宮址周辺には数種の散策コースがあり高千穂峰への登山道入口にもなっていますが、ご覧の通り現在は入山禁止。

帰りにビジターセンターに寄ってみました。職員さんの話ではやはり新燃岳の活動に関する入山規制のせいで高千穂河原までくるお客さんが非常に減っているのだそうです。
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ビジターセンター内には例のアレのレプリカがありました。瓊瓊杵尊が天孫降臨の際に高千穂峰に突き立てたとされる天逆鉾(あまのさかほこ)です。一説によると奈良時代には既に存在していたとされていますが、文献において最初に天逆鉾が登場するのは江戸時代(1675年)の旅行記の中。度々の噴火で鉾先が折れてしまい、柄だけの時代もあったようですがその後誰が現在の逆鉾をつけたのかは謎とされています。瓊瓊杵尊が突き立てたと思うのがロマンなんでしょうけれ、こんな重そうなものを誰が運んできたんだかって思っちゃいますよね(苦笑)

えびの高原
続いて向かったのはえびの高原。
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本来なら高千穂河原からえびの高原に向かうには県道104号霧島公園小林線(地図の赤いラインの部分)という晴れの日なら非常に景色のいい道があるのですが、新燃岳の噴火以来交通規制されています。結局霧島温泉街まで戻ってかなりの遠回りをすることになります。

エレキングにはこれまた辛い道のりですが、幸運なことに後続車がほとんどいなかったので皆さんにご迷惑をかけることなくえびの高原の中心部にあるえびのエコミュージアムに到着。

ここは池巡りをするのが王道なのでしょうが一周するのはちょっと厳しいかな。それに池巡りよりもアルママに硫黄山の噴気を見せてあげたかったので、アルパパがこっちだという方へ向けて行ってみることになりました。しかし途中から道標が韓国岳の表示だけになり、硫黄山の文字が消えてしまって不安になるアル姉。「ほんとにこっちで合ってるの?」というアル姉の余計な一言で一度駐車場に戻ったのが運の尽き・・・ごめんね、アルパパ

駐車料金を払うときにいただいた地図を見ながらコースを確認。
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えびの展望台から不動池に行く15分のコース(地図上の濃いピンクのコース)に決めて散策開始。

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浮動池についたらそこから硫黄山に向かえばいいやという話になりました。小雨が降っていて視界はあまりよくありません。えびの展望台について不動池への道を探したのですが白紫池に行くコース以外にいっこうに道が見つからない・・・。

エコミュージアムに戻って再度チャレンジするもどうしても白紫池に行くコースになってしまう。結局1時間近くウロウロして諦める事に・・・。どうしても納得いかなくて家に帰って調べてみたら地図が明らかにおかしいことがわかりました。
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①は私たちが参考にした地図。②は霧島市教育委員会のHPから入手した地図。
②の方をご覧ください。出発点であるエコミュージアムセンターから不動池に行くコースはグレーの道と2回交差していますよね。このグレーの道は車道です。①の方はえびの展望台を経由して車道と交差することなくそのまま不動池に遊歩道が伸びている表示・・・。現地にも看板が2、3ありましたがそれぞれ微妙に違ってて大混乱。配布する地図や現地の看板は正しいものに統一していただければと思います。

まぁ、実はアルパパが最初にこっちだ!と歩き始めていたのは車道の南側の道で、間違いなく硫黄山に向かっていたのでした。アル姉が余計な事を言わなければ雨に濡れながら一時間歩き回ることもなかったでしょうに申し訳ないです(苦笑)

そして結局不動池と硫黄山周辺に車で向かうことになったのですが、ちゃんと駐車場があったんですね。事前に調べて置けばよかったです。精神的に疲れきって不動池はスルー。とにかくアルママに硫黄山の噴気を見せてあげようと行ってみたものの噴気はどこ

霧島縦走線の通る硫黄山では小地獄・大地獄・賽の河原などと呼ばれる噴気や地獄などを見ることができる、はずでした。
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霧島縦走線にはお決まりの入山禁止看板。

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大地獄のはずですが目を凝らしても噴気があがっているようには見えない。硫黄の匂いもほとんどしないです。これは霧雨のせいだけではないはず、とスマホで調べたら近年硫黄山の噴気は非常に弱くなっているのだそうです。なんたるショック

困ったときの24年前写真頼み。
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ほらほら噴気がもうもうと!熱いし臭いし大変だったのを覚えています。

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道路脇のあちこちから噴気が出ていたのになー。駐車場は今でもこの写真と同じような感じでした。

がっかりしつつえびの高原を後に。そう言えば来るときにもくもくと噴気のあがっている場所があったなーと思い出しました。硫黄谷噴気地帯です。
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霧島温泉郷からえびの高原へと向かう途中にあり、駐車場も整備されています。

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1980年に噴気が活発になり、県道が陥没するなどの被害が出るほどの規模だったようです。その後パイプを埋めて人工的に噴気を誘導する工事を施工して道路に被害が出ないようにしています。ん~、これはすごいわ。

その後溝辺鹿児島空港ICから九州道に入り桜島SAで久しぶりにドライバー交代。高速道路はともかく、鹿児島北ICを降りたらくねくね山道の次に苦手な市街地です。ちゃんとナビの設定ができず涙目ながらになんとか城山公園駐車場に到着。
城山
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展望台から見た桜島。どうやらこの日も風は鹿児島市内に灰を運んできている様子。あれは桜島フェリーでしょうか。城山公園周辺には西郷隆盛ゆかりの場所がいくつかあるようなのですが時間もないし灰も降ってくるしで早々に撤収。

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これは鶴丸城跡を見るために城山から降りてぐるぐるしてるときにたまたま見つけた西郷さんの像。この向かい側には小松帯刀の像もあったようなのですが、運転に必死で気づかず。この日はメーデーで街宣車が近付いて来たりしていたのでアル姉は余計パニックですよ。

さて、アル姉は鶴丸城跡を見たいわけですでも市街地の駐車場なんてわけがわからないし、キャブコンが入れるような場所を探すのも大変。ダメもとで「黎明館」へ行ってみました。黎明館というのは鶴丸城の本丸跡に建設された鹿児島県歴史資料センターです。本来は黎明館に入る人だけ無料で利用できる駐車場なのですが、守衛さんに鶴丸城跡だけ見たいのですと相談をしたら快く許可してくださり、おまけに散策地図までくださいました。やっさしい~
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立派な資料館ですね。入館料は一般300円、高・大学生190円、小・中学生120円。午前9時~午後6時(入館は5時30分まで)。

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敷地内にある七高生久遠の像と篤姫の像。

さて、アル姉の本命。
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鶴丸城(鹿児島城)跡。大手門跡に碑が建っています。

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江戸時代初期、初代薩摩藩主である島津家久による築城。上山城跡である城山とその麓に築かれた鶴丸城で構成された平山城ですが現在残っている遺構は本丸を囲む石垣と水堀だけです。

時間があればちゃんと黎明館にも入りたかったのですが、そろそろお買い物をして宿泊地に向かわなくてはなりません。5/1はお仕事をしている方も多く、退勤時間と重なったのか道路はどこも混雑していました。おまけに強い雨が降り出してしまい灰混じりの雨にアルキング号はまたもやドロドロになるのでした。

宿泊地は道の駅喜入。
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お隣には石油備蓄基地の大きなタンクがずらっと並んでいました。コンビナートのある町で育ったアル姉ですがさすがにこんなタンク群は見たことがない。しかしこの真横で寝るというのも何だか妙な気分です。

さて、次回は薩摩半島の南東部分を回ります。今回は全然出てこなかったアル先生もたくさん出演する予定ですのでお楽しみに。

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