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2012'12.31 (Mon)

長崎旅行 唐津・海の中道

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関連記事:長崎旅行準備編雲仙市国見神代小路(11/21)島原湧水めぐり(11/21)雲仙岳(11/21)道の駅みずなし本陣ふかえ(11/21)
南山手・グラバー園(11/22)東山手・オランダ坂(11/22)浦上・平和公園(11/22)道の駅夕陽が丘そとめ(11/22)
平戸(11/23)道の駅伊万里(11/23)

11/24(土)

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4日目は最終日です。あいにくの空模様でしたが予定では唐津城と海の中道海浜公園に寄ることにしていました。とりあえず唐津に移動してみます。

唐津城
唐津城は秀吉の家臣、寺沢志摩守広高によって慶長7年(1602)から7年の歳月を費やして築城された平山城。東西に伸びる松原(虹ノ松原)が両翼を広げた鶴のように見えることから、別名「舞鶴城」と呼ばれています。明治の廃藩置県により廃城となり石垣や堀などの遺構のみが残されました。現在の天守は昭和41年(1966年)に造られた5層5階の模擬天守で門と櫓も再建されました。築城当時天守はなかったものと考えられています。唐津城は100選のお城ではありませんが南は海、東と北は川に囲まれてなかなか見事な縄張なんですよー。

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麓にある市営有料駐車場にキャンピングカーを入れてお城を見上げるとなんだか様子がおかしい。クレーンらしきものが見えるんですよね。

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小雨が降る中、紅葉を眺めながら石段を登ります。下曲輪から本丸まで、有料のエレベーターがついていることにも驚きました。

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総締門の枡形虎口も石組みのみが残されています。

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二の曲輪について天守を見上げると・・・ん!?石垣がないっ。築城400年を迎え、崩落の恐れのある石垣の修復工事が9年計画で行われている最中なのだそうです。2016年までに、本丸を囲む石垣のうち約7割の1300平方メートルを再構築するとのこと。まったく知らなかったのでちょっとびっくりです。

唐津城石垣再築整備事業
というサイトに再築の手順や進行状況など詳しい説明があります。

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櫓門をくぐりさらに上へ。

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せっかく来たのに工事か~と思いつつも、これはこれで滅多に見られるものではないので興味深かったです。工事中でも天守の中に入ることはできるのですが、あいにくのお天気で眺望が期待できなかったのでパスすることにしました。
天守閣:料金 大人400円、小人200円。内部は藩制時代の資料や武具、唐津焼の資料、考古資料などが展示されています。

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天守閣にのぼった所でこのぼんやりした虹の松原がくっきり見えるはずもないですしね。この方向には虹の松原や唐津湾を見下ろせる鏡山があるはずですがほとんど見えません。鏡山展望台から虹の松原を見ようと思っていたのですがこれもパスですね。

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真北の高島は何とか見えました。

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再び長い長い階段を降りて唐津城を後にしました。

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上から眺めることはできなかった虹の松原、幅が400~700mもあるため中に道路まで通っていたりします。 この松原は唐津藩の藩主である寺沢広高が新田開発の一環として、防風林、防砂林として植樹を行ったのが始まりで長さ約5kmにわたって弧状にクロマツの林が続いています。

嘆いても天気が回復する見込みはなかったのでそのまま福岡の海の中道海浜公園へ。

海の中道海浜公園
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海の中道海浜公園は全国で5番目に設置された国営公園。福岡市の市街地から博多湾をはさんで対岸の砂州・海の中道にあり、約260haの広大な敷地内に遊園地、水族館、リゾートホテル、キャンプ場、オリエンテーリングのパーマネントコース、野外劇場等の施設が設置されています。公園の詳細は公式ページをご覧ください。

駐車場も入口も複数あり、一度駐車料金(500円)を支払えば、当日なら公園内のほかの駐車場に移動しても同じ駐車券が使えるので便利。入園料は他の国立公園と同じで大人400円、シルバー200円、小人80円です。
来てみたものの、あまりにも広大なのでごく一部しか回れそうにありません。

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とりあえず、花のエリアが近そうな西口から中へ。

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と思ったら、忘れ物を取りにアルパパが駐車場へ戻ってしまいました。

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アル先生の後姿がせつないです。

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パパ帰ってこないよー。
アル先生後ろ後ろ!(笑)

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何やってたんだよ~。早く早く!

私たちが回ったのはほんの一部分なのですがざっと写真を紹介。
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スカイシェルター。

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カナール。

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カナールのガーデンテラスはお花がいっぱいで気持ちがいいです。アル先生がいい笑顔を見せてくれたので来てよかった~と思いました。

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ワンダーワールド(遊園地)の観覧車が見えます。

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フラワーミュージアムの前にあった花時計。

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フラワーミュージアム横の銀杏並木は黄色い絨毯に。

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ではフラワーミュージアムへ。

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コンセプトは屋根のない花の美術館、なんだそうです。

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街並み、花階段、光の城・・・さまざまなエリアが存在します。

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果物と香りをテーマにしたエリアではハーブの香りにアル先生もたじたじでした。

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バラ園のかわいい撮影スポット。でもベンチの周りにはバラが少ないのが残念。

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バラ園の全体像を写した写真がなかったのですが、そこそこ見頃を迎えていたのかたくさんの品種のバラが咲いていましたよ。

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花のエリアから移動してシオヤ岬へ。玄界灘を望みます。何だか荒れ気味?昔来た時は透明度の高い水に感動しましたがこの日はちょっと波が荒そうでした。それにしても、寒いよ~。

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シオヤ岬に設けられた、玄界灘を180度のパノラマで楽しめる休憩所。

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公園内の芝生広場は本当に広大なのですが、この日はディスクゴルフの九州オープン 大会が開催されていて立ち入り制限されている場所が多かった気がします。


何とか雨も降らず持ち堪えてくれました。わずか2時間半でしたが最終日にアル先生好みの公園に来られて良かったです。
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最後に無理やりな記念撮影っ。アル先生が困った顔しちゃってますね(笑)

公園をあとに帰路に着いたのが15時過ぎでしたが、その日のうちに自宅まで運転したアルパパに脱帽です。おつかれさまでした。アル姉はこの旅行のあと風邪がずるずる長引いてしまい耳管開放症というものにかかってしまいました。未だに治療中の為、体調が悪い時はもう二度と旅行には行くまいと反省しています。

今年の旅行記はこれで最後になります。
一年間ありがとうございました。皆様どうぞ良いお年を。

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2012'12.28 (Fri)

長崎旅行 平戸(11/23)

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南山手・グラバー園(11/22)東山手・オランダ坂(11/22)浦上・平和公園(11/22)道の駅夕陽が丘そとめ(11/22)

11/23(金)
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三日目は西海市も佐世保市も素通りしていきなり平戸まで行ってしまいます。佐世保周辺なんて観光地いっぱいなのに、ハウステンボスもあるのに!何だか勿体無いですよねー。

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途中、佐世保の手前でなんだかわからないまま有料(200円)の新西海橋を渡ってしまいました。あちらに見えるのは、1955年(昭和30年)につくられた昔からある西海橋。新西海橋なんて存在自体知らなかったのですが2006年3月5日に開通しているのですね。

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西海橋を渡りながらキョロキョロ。針尾の電波塔発見。

道の駅夕陽が丘そとめを出発して平戸に到着するまでに2時間半ほど要しました。長崎の国道ってけっこうしんどいです。

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平戸観光と言っても今回私たちが観光するのは北部のわずかなエリアで、観光の拠点は平戸港交流広場という駐車場です。以前は車でちょちょいっと観光してしまったので今回は自分の足で頑張ります。この駐車場は基本無料ですが、管理人さんにナンバーを報告しなくてはなりません。2時間半を目安に戻ってきてくださいと言われましたが2時間以上が無料ってなかなか良心的です。しかも観光案内所にはたくさんのパンフレットを置いてあったりガイドさんが観光アドバイスをしてくれたりと至れり尽くせり。地図の青いルートを徒歩で回り、最後に車で平戸城へ行くことにしました。

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平戸港交流広場にあるジャガタラ娘の像。島原の乱からまもなく江戸幕府は、オランダ・イギリス両国人と結婚した日本人女性とその子供たち(混血児)すべてをこの平戸からバタビア(今のジャカルタ)へ追放してしまいました。日本へ一生戻ることを許されなかった32名の婦女を偲んで作られた像だそうです。

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オランダ塀。ここ平戸は400年ほど前、日本で最初の西洋貿易港としてイギリスやオランダとの交流が始まった港町。オランダ塀は1609年に設置されたオランダ商館や倉庫、火薬庫、病室等の目隠しとして、また延焼などから守る為に作られた塀です。

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オランダ井戸。これも商館の遺構のひとつです。大小二つの井戸があり、大きな井戸は屋外からの水汲み用、小さな井戸は、商館の屋内から調理等に用いたそうです。

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オランダ埠頭。石段が残されているだけですが400年前にここで東インド会社(オランダ商館は、東インド会社の日本における出先機関)所有帆船の荷降ろし、積込みが行われていたのだと思うとなんだか感動します。

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オランダ商館倉庫跡。オランダ商館は1609年に平戸に設置され、鎖国政策の為1641年には長崎の出島へ移転しました。ここはそのオランダ商館の倉庫を復元した建物で内部は資料館になっています。2011年9月20日オープンしたばかりのとても綺麗な建物でした。
料金は大人300円、小中高生200円。アル先生がいるので外観を楽しむだけになりました。

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2階へ荷物を出し入れするための巻き上げ機。

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一見ただの花壇なのですが、実はオランダ商館が出島に移転した跡地に築かれた「御船手屋敷」の石塀。

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引き返してさきほどのオランダ塀沿いに上っていきます。商館が出島に移されるまでこの塀の東側にオランダ商館があったのですねぇ。階段が多いのでアル先生は大変・・・というか交代で抱っこする人間が大変。

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ジャガタラの道と名づけられた高台の小路。

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ジャガタラの道からは平戸の街を一望できます。遠くに見える教会、あそこまで歩くのかぁ・・・と少し気力が削がれ気味のアル姉。本日は風邪の具合があまりよくありません。平戸城も良く見えます。さすがにあそこまでは歩けないので車だなーとぼんやりと思いました。

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素直に下の車道を歩けば良かったかしらと、歩いてきた道を振り返って思いました。

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松浦史料博物館。平戸藩主松浦家の屋敷を利用した歴史史料館。
大人500円、中人300円、小人200円。

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六角井戸。西洋貿易が行われるより前、明との貿易が行われ多くの明商人が平戸に定住していました。この井戸は明の様式ではないかということです。

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樹齢400年の大そてつ。

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あと一息で教会というところで目の前に立ちはだかる階段。今まで出一番長いので三人で交替してアル先生を運びます。アル姉力尽きてぐったり・・・。

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やっとの思いで到着した聖フランシスコザビエル記念教会。地図を見ていただけるとわかりますが立派な駐車場がありますので坂を登るのが辛い方は素直にお車で。

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もともとは「カトリック平戸教会」という名前で1931年に建てられた教会です。1971年に教会脇に「ザビエル記念像」が建立され、教会の名称が「聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂」と呼ばれるようになりますが、近年正式名称を「平戸ザビエル記念教会」と改めたそうです。ややこしいねぇ。

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内部。そして後ろから。

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続いては・・・教会の裏の階段を降りていきます。

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ここがけっこう長い。

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振り返るとこの景色。実はこの道は平戸市の代表的な景観になっている「寺院と教会の見える風景」として有名。教会の下には正宗寺・光明寺・瑞雲寺などの寺院が建ち並んでいるのでこのような風景になります。

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絶好の撮影スポットから微動だにしない二人組のご婦人がいらっしゃったのでこのあたりで妥協。

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幸橋。平戸市役所の前の鏡川に架かる石橋で、別名オランダ橋とも呼ばれます。オランダ商館が築造した石造倉庫の技法によって造られたと言われ、これが別名「オランダ橋」の由来となっています。

その他。
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英国商館があった場所の周辺は英国商館通りという名前がつけられています。

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江戸時代初期に徳川家康に外交顧問として仕えたイギリス人航海士ウィリアム・アダムス氏は初めて日本に来たイギリス人でした。平戸にも1613年(慶長18)に来航しており、オランダ商館の設置に彼の存在が大きく影響したと言われています。 日本名は三浦 按針(みうら あんじん)。1620年(元和6)平戸にて病死。

以上を見て回るのに2時間半近くを要しました。アル姉駐車場に戻る頃にはすっかりヘロヘロです。このあと町のお弁当屋さんで買った手作り弁当で腹ごしらえをして平戸城へ。
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お城の周囲に何箇所か駐車場があります。

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方啓門から登城です。

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亀岡神社。かつての平戸城本丸跡。寛永8(1631)年、平戸藩藩主松浦棟が祖霊4柱を平戸城内の霊椿山に祀ったのがはじまりとのこと。

平戸城は別名「亀岡城」と言います。安土桃山時代の末期に松浦鎮信によって築かれましたが一度破却され、江戸時代中期になって5代藩主松浦棟(三十代 雄香公棟)のとき再建。再建にあたっては山鹿素行の軍学に沿って縄張りがなされ、平山城では唯一の山鹿流による城郭となりました。天守は上げられず、二の丸に建てた3重3階の乾櫓をその代用としていたということです。明治4年の廃藩置県によって廃城となり、翌年には現存する狸櫓と北虎口門(搦手門)を残し、城の建物は解体されました。

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復元された乾櫓。

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こちらも復元された地蔵坂櫓。

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狸櫓。本来は多門櫓という名前でした。櫓の修理のために床板を全部はがしたところ、狸が化けて出たため狸櫓と呼ばれるようになったそうです。現存遺構の1つ。内部はなぜか江戸時代の農機具の展示室に・・・。

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平戸城のもう1つの現存する遺構(1707年に完成した旧亀岡城当時のもの)、北虎口門です。北虎口門は櫓門形式で搦め手口にあたります。

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北虎口門と狸櫓。

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反対を向くと北虎口門と復元された地蔵坂櫓。

北虎口門近くの北虎口書院跡が受付となっていて天守へ行く場合はそこで料金を払います。
大人500円、中人300円、小人200円。

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実は平戸城も日本の城100選の1つでして、島原城には入らなかったのでここで入っておこうかなと皆で天守まで登城することにしました。まぁ、模擬天守なんですけどねぇ・・・。

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こちらが天守閣。昭和37年(1962年)に平戸市が建てた模擬天守3重5階鉄筋コンクリート造の模擬天守で、同時期に見奏櫓・乾櫓・地蔵坂櫓・懐柔櫓も復元されました。

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天守内は資料館になっていて環頭大刀や北虎口門の木製の扉などが展示されています。

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オランダ商館倉庫跡が見えます。

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天守からの眺めが良かったので入って損はなかったかなという気になりました。

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天守から見た見奏櫓と懐柔櫓。見奏櫓内部は平戸中野焼の展示室になっていました。

それほど長居したつもりはなかったのですが気付けば15時前。この日の車中泊地はお隣の佐賀県は伊万里です。風邪の寒気がぶり返したアル姉はお風呂は諦め、道の駅に着くまでひたすら眠りこけていました。本当は白磁の湯に入る予定だったんだけどなぁ・・・。

平戸は一回の記事で済ませてしまったので詰め込みすぎた感じ否めませんが、長崎で力尽きたのよぅ~(苦笑)。次回は道の駅伊万里ふるさと村の紹介になります。


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2012'12.23 (Sun)

長崎旅行 浦上・平和公園(11/22)

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南山手・グラバー園(11/22)東山手・オランダ坂(11/22)


11/22(木)
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南山手・東山手の観光を終え車で浦上へと移動します。浦上エリアはやはり原爆遺構などが多く楽しい観光気分とは少し違った感じになります。今回は平和公園に車を停め、アル先生を連れていたので平和公園と浦上天主堂しか回れませんでしたが、片足鳥居の山王神社もこのエリアになります。

平和公園
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1945年(昭和20年)8月9日に投下された原子爆弾落下中心地と、その北側の丘の上とを含めた地域に、平和を祈って設けられた約18.6ヘクタールの公園。願いのゾーン・祈りのゾーン・学びのゾーン・スポーツのゾーン・広場のゾーンの5つから構成されていますが、県外から観光で来る人間には願い・祈り・学びのゾーン以外は馴染みがないかもしれません。私も今回で3回目ですが、線路から向うのエリアは知りませんでした。

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願いのゾーン拡大マップ。アルキング号はこの願いのゾーンにある長崎市営平和公園駐車場の地下駐車場に停めました。地下ですがキャンピングカーでも問題ない高さです。パークアンドライド駐車場にもなっています。料金など詳しい情報はこちらをご覧ください。マップ内の1~15までは各国から寄贈されたモニュメントです。

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地下駐車場からエレベーターで上がると一番に目に飛び込んでくるのは平和記念像です。長崎出身の彫刻家北村西望氏の作で像の高さは約9.7m。「右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」と作者の言葉が台座の裏に刻まれています。全文はもっと長いのですが有名な部分だけを抜粋させていただきました。

折鶴の塔
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平和記念像の両脇にある折鶴の塔。原子爆弾犠牲者の霊を慰めるとともに、二度とこの地球上に原爆の惨禍を招くことがないように、世界恒久平和を祈って寄せられた折鶴を塔に掲げ、その意を伝えるため1982年10月6日に建立されました。

長崎刑務所浦上刑務支所跡
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爆心地より北へ最短約100m、最長約350mの地点にあり、刑務所内にいた職員18名、官舎住居者35名、受刑者及び刑事被告人81名の計134名全員が即死したということです。

長崎の鐘
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33回忌を迎える1977年に、動員学徒、女子挺身隊、徴用工、一般市民の原爆殉難者の冥福を祈り建立されました。

碑文
 長崎の鐘よ鳴れ
 長崎の鐘よ鳴れ
 私達の肉親を奪った
 私達のからだをむしばんだ
 あの原爆が
 いかに恐ろしいものであるか
 あの戦争が
 いかに愚かなものであるか
 長崎の鐘よひびけ
 長崎の鐘よひびけ
 地球の果てから
 果ての果てまでも
 私達の願いをこめて
 私達の祈りをこめて


平和の泉
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水を求めながら亡くなった原爆犠牲者の冥福を祈り作られたものです。

 のどが渇いてたまりませんでした
 水にはあぶらのようなものが
 一面に浮いていました
 どうしても水が欲しくて
 とうとうあぶらの浮いたまま飲みました
 ―あの日のある少女の手記から―


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20年前と同じように涙をこらえながら歩きました。呑気にわんこ連れのキャンピングカー旅行を楽しんでいる自分が申し訳なくなってしまいます。

続いては祈りのゾーンへ向かいます。
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ねぇ、アル先生・・・私たちは幸せだね。

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祈りのゾーン拡大マップ。願いのゾーンと同じで1~23はモニュメントです。

原爆落下中心碑
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1945年(昭和20年)8月9日午前11時2分、戦略爆撃機B29から投下されたプルトニュウム原子爆弾(ファットマン)が、中心地を示す黒御影石の上空約500メートルで爆発しました。これにより当時の長崎市の人口24万人のうち約7万4,000人が死亡、約7万5,000人が負傷、また建物の約36%が全焼または全半壊したと言われています。爆心地を示す指標は何度か立て替えられ、現在の原爆落下中心碑が建立されたのは1968年のことです。

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中心地碑の前には、原爆により爆死された方、被爆者でその後亡くなられた方々の氏名を奉安した原爆殉難者名奉安箱があります。

浦上天主堂遺壁
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旧浦上天主堂は、30年の歳月をかけ完成し当時東洋一の規模を誇ると言われる大聖堂でしたが、1945年8月9日の原爆投下によりわずかに赤煉瓦の堂壁を残して倒壊してしまいました。このとき浦上地区の信徒約12,000人のうち約8,500人が爆死したと言われています。廃墟と化した天主堂を広島の原爆ドームと同じように後世に残すべきだという声も上がる中、保存が困難であること、信徒たちの新しい聖堂を望む声が強いことなどを理由に、廃墟は1958年に撤去され翌年鉄筋コンクリートで再建されます。そして壁の一部がこの原爆落下中心地のそばへと移されました。もし廃墟と化した天主堂を保存することができていれば世界的な原爆遺構になったでしょうね。

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説明看板の写真だとわかりづらいと思うので別に写真を用意しました。被爆直後の浦上天主堂です。赤い矢印の部分がこの遺壁。

被爆当時の地層
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当時、松山町には約300世帯1,860人余の一般市民が生活していましたが、地下の防空壕に避難していた9歳の少女を除き全員が即死したということです。地層の中には、家の瓦やレンガ、熱で溶けたガラス、茶碗などを見ることができます。被爆時の日常が垣間見える遺構なだけに生々しいですね。

被爆50周年記念事業碑
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1996年、中心地碑を撤去して被爆50周年記念事業碑の新たなモニュメント(母子像)を建立する計画がありましたが、被爆者らの強い反発により計画は断念され、結局翌年母子像は中心地碑から少し離れた場所に建立されました。しかしその後も被爆者や遺族からは撤去を求める声などが上がっています。富永直樹作。この像を見たとき私はすごく不安な感じがしてあまり見ないようにしてしまいました。もしかしたら反対する方たちの強い思いがそこに残されていたからかもしれませんね。

長崎原爆資料館
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さて、こちらは学びのゾーンにある長崎原爆資料館です。前身は1955年に開館した長崎国際文化会館の原爆資料室でしたが、建物の老朽化や展示スペースが手狭になったことから、被爆50周年事業として同会館を取り壊し、1996年に現在の長崎原爆資料館が開館しました。こちらにリーフレットのpdfがあります。
入館料:大人が200円、小中学生・高校生100円。8:30~17:30(入館は17:00まで)

アル先生がいるし時間もないしということで今回は入館しませんでした。長崎へ来て、しかも平和公園まで来て、ここへ入らないのは邪道という気がしますが、私は前身の国際文化会館原爆資料室には来たことがあります。長崎、広島の原爆資料館というのは全国の多くの小・中学校の修学旅行に組み込まれていてトラウマ製造所(被爆者や遺族の方には大変失礼な表現ですね)などと言われることがあります。御多分に洩れず私も中学生の頃に修学旅行で訪れましたが、資料室を出たあとも涙が止まらずその後の昼食なんてとても食べられる心境ではありませんでしたね。今でも展示品の一つ一つ、写真の一枚一枚を鮮明に覚えていますし、こうしてそのときのことを思い出すだけで動悸はするし涙も出てきてしまいます。子供たちには生々しすぎるということで、広島も長崎もリニューアル後は昔に比べてだいぶソフトな展示になっているという話を聞きましたが、どうしてももう一度入る勇気が持てず「今回は入らないよ」と言われてほっとした自分がいます。こうした原爆や戦争関連の資料館にお子さん連れで行かれる場合、訪問後子供と向き合って戦争や原爆について話し合いをしてあげて欲しいなと思います。

さて、今度は平和公園を出て浦上天主堂を目指すことにします。約10分ほどで到着。

浦上天主堂
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爆心地から北東へ約500メートルの地に建つ浦上天主堂。

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平和公園の説明でも触れたとおり、こちらは1959年に再建された天主堂です。

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周囲には被爆遺構の天使像などが配されています。右は聖セシリア像、中央はイエス聖心像、左は頭部が破壊されていて不明です。

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このレンガ部分は廃墟遺構の復元だと思われます。

天主堂近くの川には原爆で崩れ落ちた左側の鐘楼の残骸が残っており、被爆当時は小川の中にあったものの、現在は川を整備して流れをずらすことで陸地に保存されています。

大きな地図で見る
Googleのストリートビューなどでも確認できます。
移動されることもなく被爆時のまま保存されている唯一の旧天主堂本体の遺構なので時間があれば是非見ておきたいものですが今回は見に行けませんでした。ちなみに原爆の爆風で天主堂内部に倒れた右側の鐘楼は今でも再建した天主堂で使われているそうです。

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再び平和公園へ戻ってきました。紅葉が綺麗です。

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このあとは稲佐山へ向かい、長崎市内を眺めることにしました。

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長崎県長崎市にある標高333メートルの山。頂上には100円の有料駐車場があり展望レストハウスの屋上からはこの景色です。

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景色は最高なんですが標高333メートルしかなくとも風が吹くと寒くて寒くて(苦笑)

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長崎市内はもちろん晴れていれば雲仙や五島列島まで見渡せる景勝地。

稲佐山が一番有名なのはその夜景の素晴らしさで、函館の函館山、神戸の六甲山と並ぶ日本三大夜景の1つとなっています。そして2012年10月5日には、モナコ、香港と並び世界新三大夜景として認定されました。すごいですねっ。しかし我が家は夜までここにいられなかったので夜景を見ることはできませんでした。というわけで、何度目だかわからないmametaroさん頼み。mametaroさんのブログに、宝石箱のような長崎の夜景の写真がありますので是非ご覧ください。

さて、このあと27年ぶりの式見ハイツであったか~い温泉に入り、車中泊地である道の駅夕陽が丘そとめにつくまで曲がりくねった山道をアルキング号の中で揺られるのでした。

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2012'12.20 (Thu)

長崎旅行 東山手・オランダ坂(11/22)

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関連記事:長崎旅行準備編雲仙市国見神代小路(11/21)島原湧水めぐり(11/21)雲仙岳(11/21)道の駅みずなし本陣ふかえ(11/21)
南山手・グラバー園(11/22)


11/22(木)
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東山手
南山手と同じく重要伝統的建造物群保存地区です。1859年(安政6年)に長崎港が開港された折、市内に外国人居留地が設定されましたが、市内で最初に居留地となったのはここ東山手です。洋風住宅の他、領事館、教会、ミッションスクールなどが建ち並び、石畳、石垣、石造り溝などが多く残っています。

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東山手周辺の地図です。オランダ坂を歩くつもりだったのに何故か脱線しました。赤の矢印が我が家のルートですがこれでは東山手洋風住宅群を見ることができません。本当は紫の矢印のルートを選ぶべきです。

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グラバー園から戻りお昼を済ませ、今度はアル先生も一緒にお散歩開始です。オランダ坂へ向けてオランダ通りを歩きます。

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アル先生と一緒に写ろうと思うと建物が入らず、建物全体を入れるとアル先生が・・・。ここは旧英国領事館の職員住宅でした。

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オランダ坂入口。大浦東山手居留地跡と書かれた石柱がありました。ここの交差点周辺は意外と交通量が多いのでわんこ連れだとだいぶ気を使います。

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湊会所跡。現在の長崎税関の前身ですね。

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活水女子大学の前で道は二手に分かれます。下の道は車が通りますが上の道は人しか通れないみたいですね。

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そして所謂オランダ坂はここからの先の坂をさす事が多いようです。

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ガイドブックに載るのもこのあたりですよね。オランダ坂は日本の道100選の1つです。今年は100選の道これで5本目かしら。

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そして、オランダ坂を写すと背景に入るのがこの東山手十三番館。旧フランス領事館。

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いい雰囲気だったので記念撮影を、と思ったら何だかアル先生がぶちゃいくに。

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活水女子大学の入口。

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東山手十二番館。ロシア領事館として建設され、その後アメリカ領事館やメソジスト派の宣教師の住宅に転用されました。

ここまで来て、大失敗をやらかします。「孔子廟に行きたい」と言われ、あたりをキョロキョロ見渡すと孔子廟は坂のはるか下に見えていました。このままオランダ坂を進んでいくと孔子廟に行けるのかしら、と不安になり、アル先生の足腰のことも考えて降りる道を探して逆戻り。

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そして結局、階段まじりのこの道を見つけて降りることとなり、東山手洋風住宅群をスルーしてしまうことになりました。たくさん写真を撮っていたので一枚くらい写っているかと思いきや、どこにもなくて無念です。時間も圧していたので仕方がないと思いつつ、当日から今日までずっと残念に思っているアル姉なのでした。


YouTubeで東山手洋風住宅群を紹介した動画を見つけました。とても素敵ですっ。オランダ坂を歩く際には是非東山手洋風住宅群をお忘れなく。って我が家のようにここをスルーする方はまずいないでしょうけどね(苦笑)

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孔子廟に行く途中にあった洋風建築池上邸。NTT西日本長崎病院前にあります。

そして孔子廟に到着。
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明治26年(1893)清朝政府と在日華僑が建立。孔子廟とはその名の通り儒教の創始者である孔子を祀っている霊廟ですが、ここは中国人が海外で建造した唯一の孔子廟なのだそうです。30年ほど前に中国歴代博物館を新設し中へ入るのは有料となっています。入館料:大人600円 高校生400円 小・中学生300円。
ホームページはこちら

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時間もなかったしアル先生もいるので外から眺めるだけになってしまいました。それにしてもきらびやかですわ。新地中華街もこういう色彩ですよね。

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ブログの記事を書いてて気付きました。さっきのアルパパ・アルママ・アル先生が写った写真、孔子廟の入口の奥に見えてるこれは洋風住宅群じゃないかしら?(笑)

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なんだかんだで一時間以上お散歩して駐車場に戻りました。奥の赤レンガが駐車場です。手前は長崎電気軌道の大浦天主堂下駅。長崎電気軌道のオリジナルカラーはこれでしょうか?そのほかに見かけたのは広告電車ばかりでよくわからなかったんですよね。岡山にも岡山電気軌道という路面電車が走っていますが、路面電車用の信号が長崎とは少し違うので長崎市内を走っていて混乱しました。調べてみると長崎の信号は京三もしくは小糸製、岡山の信号は日本信号なのだそうです。製造メーカーに関わらず同じ規格で作ればいいのにな。何にせよ路面電車の横を走るのはドキドキして苦手です。

さて、駐車場に戻って気付けば時計は13:40。この日さらに出島と平和公園、稲佐山の観光を予定していましたがどう考えても時間が怪しい。出島にペットの入場ができないこともあり、出島か平和公園かと言ったらやっぱり平和公園だろうということでお次は平和公園のある浦上へ向かいます。詳しくは次回。

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2012'12.18 (Tue)

長崎旅行 南山手・グラバー園(11/22)

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関連記事:長崎旅行準備編雲仙市国見神代小路(11/21)島原湧水めぐり(11/21)雲仙岳(11/21)
道の駅みずなし本陣ふかえ(11/21)


11/22(木)
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普賢岳に別れを告げ二日目は島原半島から長崎市街へと移動します。長崎市街というのは見所が多すぎて一日二日で観光できるものではありません。今回の旅では本当につまみ食いですが重要伝統的建造物群保存地区にもなっている東山手・南山手、そして平和公園へ行きます。アルママの希望でまずは南山手の大浦天主堂とグラバー園へ。この日はとても暖かく、風邪のアル姉にも嬉しい陽気でした。

長崎市街観光に選んだ駐車場は市営松ヶ枝駐車場の第二駐車場。グラバー園やオランダ坂のすぐ近くにあってキャンピングカーはもちろんバスも停められる立体駐車場です。高さ制限は3.7mと書いてあったかな。
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駐車料金は四輪が最初の1時間290円、延長140円/30分。一泊だと1,080円。二輪は60円/30分で1時間30分以上一律200円。

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南山手周辺地図。南山手にあるグラバー園はペットが入れないのでとりあえずアル先生はお留守番。南山手観光を終えてからアル先生と一緒にオランダ坂などの東山手歩きをすることにしました。松ヶ枝駐車場は大浦天主堂下駅近くのマークです。


南山手

大浦天主堂・グラバー園などを含む重要伝統的建造物群保存地区。1859年に長崎港が開港場となった後、外国人居留地となった場所で主に住宅地として用いられたそうです。
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駐車場を出てグラバー通りと呼ばれる坂を上がって行きます。お土産屋さんや飲食店が立ち並び、カステラのあま~い香りが漂っていました。そして坂を登っていくと正面に見えてくるのは?

大浦天主堂
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料金:大人300円・中高生250円・小学生200円
営業時間:8:00~18:00(入館は17:45まで)

1865年に建立された日本最古の現存するキリスト教建築物。正式名は日本二十六聖殉教者堂。1597(慶長元)年、長崎の西坂でキリスト教禁令のために26人の信徒が処刑されました。この事件はヨーロッパにも伝えられて後に26人は聖人に列せられることとなります。大浦天主堂はこの日本二十六聖人に捧げられた教会堂で、彼らの殉教地である西坂に向けて建てられています。

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そしてここは浦上の隠れキリシタンが訪れ信仰を打ち明けた信徒発見の地としても有名です。

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隣接する旧羅典神学校と旧長崎大司教館も貴重な歴史的建築物です。

グラバー園
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長崎と言えば知名度も人気もナンバー1はやはりここなのではないでしょうか。国指定重要文化財の旧グラバー住宅・旧リンガー住宅・旧オルト住宅を核に、市内に点在していた6つの明治期の洋館を移築復元した観光名所。

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入園料:大人600円、高校生300円、小・中学生180円
開館時間:8:00~18:00 ※夜間開園期間中~21:30(ただし、閉園20分前までに入園)

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ゲートで入園料払い、まずは動く歩道で上って行きます。歩道からは先ほどの大浦天主堂や南山手、東山手の街並が見えます。何だか日本だとは思えない景観ですね。内部の紹介はざっくりと行きますよ。詳しくはホームページをご覧になるか、是非実際に行ってみて下さい。

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旧オルト住宅内部。

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旧三菱第2ドックハウス。

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旧三菱第2ドックハウス前の広場から見た景色。
第2ドッグハウスはグラバー園内で一番高い位置にあるので眺望は抜群です。

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園内の様子もよくわかります。旧長崎地方裁判所長官舎と旧ウォーカー住宅が見えます。

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旧スチイル記念学校。

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旧オルト住宅。

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旧リンガー住宅前のテラス。

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リンガー住宅横にひっそりと建つフリーメイソン・ロッジ(集会所)の門。石工のマークが刻まれています。この門柱はリンガー住宅にあったものではなく移築されてきたものなのでリンガーさんがフリーメイソンだったがどうかは謎です。グラバーさんや三菱財閥(創始者は岩崎弥太郎)もフリーメイソンが関係しているという話はありますが真偽はどうなのかしら。

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旧自由亭。日本における西洋料理発祥の地とされる自由亭を移築保存したものでレストランになっています。

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歌劇「蝶々夫人」の国際的歌手として有名だった日本のオペラ歌手、三浦環の像。グラバー氏との交流も深かったそうです。

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旧グラバー住宅。トーマス・ブレーク・グラバーの邸宅でグラバー園の象徴。1863年に建てられた日本で最も古い木造西洋風建築。この日は修学旅行生もたくさんいて、なかなか全貌を写せるチャンスがありませんでした。

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室内。応接室など。

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温室や台所。

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夫人の部屋の前、廊下の天井を写した写真です。隠し部屋もあったようです。

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グラバーの像。トーマス・ブレーク・グラバーはスコットランド出身の商人。武器商人として幕末の日本で活躍。薩摩・長州・土佐ら討幕派に武器や弾薬を販売したり坂本龍馬率いる亀山社中とも取引を行っています。また伊藤博文をはじめ、有名な志士をイギリスなどヨーロッパに密渡航させ、日本の近代化に大きな影響を与えた人物ですね。

おまけ。
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ハートストーン。仕掛け人は誰なのでしょう、おもしろい遊び心ですね。これに触れると恋がかなうとか、2つ見つけると良いことがあるとか色々言われています。1つはグラバー邸の前で見つけました。グラバー園内にもう1つ、長崎市内にも数個存在するようです。

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たっぷり1時間半かけてグラバー園を見て回りました。グラバー園の出口には長崎伝統芸能館という建物が建っています。中を通らなければ出られないのかな。「長崎くんち」の資料館のようです。

グラバースカイロードやどんどん坂などにも行ってみたかったのですがあまりアル先生を待たせるわけにはいかないのでいったん駐車場に戻り次は東山手に向かいます。続きは次回。

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