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2018'06.22 (Fri)

出雲大社②

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担当:アルパパ

6月2日
今日も上天気ですが、暑くなりそうな気配。今日は、出雲大社と一畑薬師へ参拝の予定です。

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朝 8:00、ほんの少しだけ車を移動させて、神門通り広場駐車場へ。まだ、ガラガラです。まるはお留守番。涼しいので換気扇だけ回しておきます。


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鳥居をくぐると
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有名な下り参道。オオクニヌシを封じ込めるためとも言われていましたが、もう封印は解けました!
この坂の途中の右手に祓戸社があるので、まずはそこでご挨拶。祓戸 4神の 1柱はセオリツヒメ。地球を代表する女神も、こういう形で封印されていたのですが、セオリツヒメも既に復活しています。なお、この祓戸 4神は、宮崎旅行記で紹介した祓戸大神 15柱とは別で、歴史的には祓戸 4神の方が新しい。またまた、祓戸社の写真は撮り忘れです。

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松の参道のあちこちに兎の置物。

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銅鳥居が見えてきました。

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拝殿。

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ご本殿手前の八足門のところから 2礼 4拍手で参拝しました。

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ご本殿の正面から左に回ると西十九社、旧暦 10月の神在祭に全国から集う神々のお宿ですね。普段は、全国の八百万の神々への遥拝所です。

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西から見たご本殿。日本一の大きさを誇ります。

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更に左回りに回ったこの場所(2013年参拝時の写真を流用)。

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大社造りの建物の構造上、こちらがオオクニヌシ命の正面になりますので、ここにも礼拝場所が設けられています。
そして、この礼拝場所の後方、木が生えている辺りまで下がったところが一番オオクニヌシパワーの強いところだそうですので、そこでアル姉に集中してもらいました。
するとまず、とても強い暖色系の光が広がった後、アル姉によくある何列もの漢字の文字列が流れ落ちて来て、最後は寒色系の光が広がるという、華々しいパターンだったそうです。相変わらず、メッセージの意味は判らないままですが、無事ご挨拶が終わりアル一家は大満足!!。

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そして更に右に回りこみ、ご本殿の真後にある素鵞社(そがのやしろ)。ご祭神はスサノオ命。昔は、スサノオ命がオオクニヌシ命を後から見張っているいるように感じたものですが・・・。もうそれも過去の話。
さて、ここは出雲大社随一のパワースポットといわれており、砂の交換が出来ます。どういうことかというと、このお社の後と横には砂箱が置いてあり、ここの強いエネルギーで浄化された砂を持ち帰ることが出来るのですが、ただ持ち帰るのではなく、稲佐の浜の砂との交換になります。そのために、アル一家も、昨日稲佐の浜で砂を集めたのです。
持ってきたばかりの砂は湿っているので、乾いた砂が人気です。特に後ろの岩に近い砂箱がエネルギーが強いと人気でそこから無くなっていきます。アル一家も交換して貰った砂を持ち帰り神棚にお供えしています。
ここは人が多すぎてアル姉も集中は無理です。

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更に回って、東から見るご本殿。

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東十九社。

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宝物殿前の心御柱の模型。中には発掘された本物の心御柱(鎌倉時代)が展示されていますが、今回はパスします。

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出雲大社にはいくつかのオオクニヌシの像がありますが、これはオオクニヌシ命が幸魂・奇魂のお蔭をいただいて神性を養われ「ムスビの大神」となられた時の様子を現した像。

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参道を登って、大鳥居のところまで帰ってきました。高い位置から見下ろす神門通り。

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ぜんざい餅を買って、キャンピングカーに引返します。既に 9:30です。
次に出雲大社に隣接する島根県立古代出雲歴史博物館に向かいます。

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2018'06.18 (Mon)

出雲大社①

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担当:アルパパ

先の宮崎旅行記の中で、大国主(オオクニヌシ)と少彦名(スクナビコナ)が復活したということを書きましたが、それなら、出雲大社にご挨拶に行こうということになり、6/1・2で行ってまいりました。

6月1日
岡山県南部の我が家から島根県へ向うのは、山陽道から尾道道・松江道を通るのが定番ルート。出雲まで 230kmの道のりもノンストップで走れば、3.5時間ぐらいですが、途中休憩を挟みながらのんびりと移動します。尾道道・松江道は無料の高速道なので、SA・PAはありません。休憩は ICから近い道の駅を利用します。

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道の駅「たかの」。中国山地の真っ只中です。
写真右手に「ゆきむろ」と書いた建物がありますが、この建物の中には雪が詰め込んであります。その雪解け水は隣のトイレの洗浄水として利用されています。この道の駅で買った「たかののおばあちゃんのお漬物」はこの日の晩御飯のおかずとして大好評でした。まる君もここで1時間ほど休憩。

出雲到着後は、まず「ゆめタウン出雲」に向かい、大社漁港で水揚げされた魚の刺身や握り寿司を買い込みましたが、まだまだ陽は高い。そこで、稲佐の浜を訪ねることに。


稲佐の浜
島根県出雲市大社町にある砂浜。国譲り神話の舞台である。また稲佐の浜から南へ続く島根半島西部の海岸は「薗の長浜(園の長浜)」と呼ばれ、『出雲国風土記』に記載された「国引き神話」においては、島根半島と佐比売山(三瓶山)とをつなぐ綱であるとされている。
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弁天島。かつては弁才天を祀っていたが、現在は豊玉毘古命を祀る。
ここは有名なパワースポットですし、平日の夕方で人も少ないので、アル姉に集中してもらいました。

「遮光土偶のシルエットが見える」、「なぬっ。遮光土偶のシルエット??」。
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「うーんっ、いや、どうも、サラスヴァティが座っているらしい!」。 確かにサラスヴァティが腰掛けたシルエットは遮光土偶に見えなくもない。ということで、ここでもサラスヴァティが姿を見せてくれたようです。いつも姿を見せてくれて大変ありがたいのですが、どんなメッセージなのでしょうね。

そして、帰宅して、もっと驚いたことが!!。
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アル姉が弁天島の前で集中している時に写した写真に、大きな青いオーブ(お社の横)が写っていたのです。青いオーブは、高次のスピリットだそうです。

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「僕には、神様ちゃんと見えているにゃ」。
「まる君、どうしたの?」。「僕ね、神様とお話ししちゃった。これからも、いい子でみんなと一緒に旅をしなさいって」。

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まる君も気持ちのよい浜辺を暫く散歩し、砂を少し集めて次へ向います。

上宮
上宮は、稲佐の浜から 5分ほど歩いた民家の間にあります。
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10月には全国の神様が出雲大社に集まって神議(かみばかり)をされることは、みなさまよくご存知と思いますが、その場所がどこかお分かりでしょうか。多くの方は、それは出雲大社のご本殿とお思いでしょうが、さにあらず、実は、ここ上宮なのです。
ご祭神は、スサノオ命と八百萬(やおよろず)神。

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アル姉が集中すると漢字が降りてきました。その時写した写真には、少し判り難いですが、ご本殿の屋根の上に大きな丸い青い光が・・・。ここでもオーブのようです。この写真には、他にも、拝殿庇下に黄色の光と拝殿床下に虹が写っていますが、この 2つはレンズのゴーストです。なお、このご本殿・拝殿の屋根には、千木・鰹木がありません。珍しいですね。

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まる君、ここでも神様を見ると、石垣をよじ登り始めましたよ。また、神様とお話しするのかな?

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ご神門。


下の宮
上宮があれば下の宮も。下の宮は稲佐の浜から上宮を訪ねる途中にあります。
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それにしても、何でこちらだけ「の」が入っているのでしょうね。


出雲阿国の墓
6月はいいですね。まだまだ陽が高いので、ついでにもう一つ近くの出雲阿国の墓を訪ねます。
出雲 阿国(いずもの おくに)
出雲 阿国(1572年 - 没年不詳)は、安土桃山時代の女性芸能者。ややこ踊りを基にしてかぶき踊りを創始したことで知られており、このかぶき踊りが様々な変遷を得て、現在の歌舞伎が出来上がったとされる。出雲国杵築中村の里の鍛冶中村三右衛門の娘であり、出雲大社の巫女となり、文禄年間に出雲大社勧進のため諸国を巡回したところ評判となったとされている。『当代記』によれば京で人気を得て伏見城に参上して度々踊ることがあったという。没年は、諸説あり、はっきりしない。出雲に戻り尼になったという伝承もあり、出雲大社近くに阿国のものといわれる墓がある。また、京都大徳寺の高桐院にも同様に阿国のものといわれる墓がある。

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この右手前が駐車場。5、6台停められます。

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出雲阿国については全国を巡りながら諜報活動をしたのだという説を読んだことがあります。
大和朝廷によって日本が統一された後も、出雲族の一部は山に潜伏し、まつろわぬ民サンカ(山の民)として1000年を超えて戦い続けてきましたが、阿国はそのサンカに連なるものだという説です。お参りしながら、そんなことを思い出していると、爽やかな風が吹き抜けていきました。


道の駅「大社ご縁広場」
今夜の宿泊地はここ。我が家は、この大社ご縁広場をよく利用します。今は、吉兆館も閉鎖中で、駐車場とトイしかありませんが、広い駐車場とウォシュレット付トイレと静かな環境で快適です。それに温泉の自動販売機もありますよ。今日も、温泉水を補給しているところは見ましたが、まだ、買っている人を見たことはありませんね。
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隣のキャンピングカーには猫のシールが。猫連れキャンパーのようでしたが、猫の姿は見かけませんでした。

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夕食を済ませた後は、まるを連れてお散歩。ですが、住宅地での猫の散歩は行方定めぬ道草ばかり。最後はダッコで強制連行。猫の散歩は一本道に限ります。

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今日も一日お疲れ様!

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14:51  |  中国  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018'06.12 (Tue)

宮崎旅行⑩ サンメッセ日南

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担当:アル姉

5/3(木)
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最終日、道の駅フェニックスで迎えた朝です。雨はすっかり上がりました。

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この道の駅の利用は6年ぶりです。アル君も元気いっぱいの頃でした。今回はまると一緒にお散歩です。

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前日にお散歩できなかったせいかうきうきモードですが、今日はまる君のためにテーマパークへ行くのでほどほどにしてくださいね。

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そのテーマパークがこちら、サンメッセ日南です。イースター島から唯一、原寸大のモアイ像を復元設置する許可を得ているのだそうです。インスタ映えスポットなのか若い人がとても多かった印象。

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入園後、駐車場でカートを出したり準備をしているとき事件が起きました。「まるがいない!事件」再びです。実はこの日、5/3はアルの命日だったのでみんなでアルの話ばかりしていたんです。正直その時は本当にまるの準備をしているのに頭の中はアルのことでいっぱいになってしまってました。バンクやベッド、荷室、車内を探し回ってもまるがいません。呼んでも呼んでも返事はありません。

皆で駐車場じゅうを探し回っているとき、ふと「車内だよ」と誰かが教えてくれた気がしました。私はアルキング号に戻ると脇目もふらずベッドの下の収納庫のドアを勢いよく開けました。不思議なものですが何故かそこだと分かったんです。真っ暗なトランクルームの中に不思議そうな顔をしてちょこんとお座りするまるの姿がありました。アルの命日は大事です。アルとの思い出だってもちろん大事です。でも今一番大事にしなきゃいけないのは目の前のこの小さな命だよ、と、アルに怒られた気がしました。身を引き締めてまるのリードをしっかりと握りました。

園内マップ
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入園料は大人700円。ペットの入場も可です。まる君があまりにもフリーダムに歩き回るので、私はまるのお伴をして、アルパパとアルママとは別々に行動することになってしまいました。

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昨日までの雨が嘘のように青い空。このサンメッセ日南は日南海岸の中心の丘陵地に立っていてとにかく景色が素晴らしいです。

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見事な断層。

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しかしこれだけ開けた丘陵地となると、まる君には不利です。超ビビってますよ。
何でもっと山の中にしてくれなかったにゃ!と怒ってるようでした。

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私がまると一緒に三歩進んで二歩下がる状態のお散歩を続けている間、アルパパとアルママは二人でデート気分。ブランコに乗ったり楽しそうです。

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あらら、こっちは縁起でもない縁切りモアイさん。

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こちらはヴォワイアンという海を見つめて並ぶ7色の等身大の人物像。

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同じポーズで写真を撮るのがオススメらしいですが、まるを抱っこしていては同じポーズは難しいですね。

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まる君、かなりのふくれっ面。ラウンドカーというカートが行き来していてそのエンジン音が怖くてたまらないのです。

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でも怖いことばかりでもないようで、人、特に子供とたくさん触れ合えるのは嬉しいようです。声をかけて可愛がってくれた男の子の背中を見送るまるです。

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太陽の広場、蝶の地上絵。5羽の蝶が羽ばたく広場。

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タイトルは「天地望蝶」。サンメッセ日南20周年を記念して平成27年に作られたそうです。

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真ん中の燈火台には、未来に向けて2つの火が灯されています。一つは2001年のお正月に太陽から採火した「21世紀出発の灯」の火と「広島原爆の残り火」を合火した灯。もう一つは天台宗大僧正によって寄進された愛善無怨灯。夢金納箱は少し面白い作りになっていて次々にお金を飲み込んでいきました。

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センタープラザ。中にはレストランや昆虫館があったり、モアイに関する資料などが展示されています。

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イースター島の長老会から公式にモアイを日本で復刻する事が許可された許可証のコピー。

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センタープラザの展望台から。

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アルパパ&アルママとは別行動したり合流したりの繰り返しです。おそらく私はまるを連れているので倍以上歩かされています。二人に聞くとサンメッセ日南はとても癒される空間とのことですが、私は斜面を行ったり来たりでとにかく疲れました。まるが好む場所も決して景色のいい場所ではないので景色も楽しめていません(苦笑)

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サンメッセ日南は下から上まで高低差がそこそこあるので良い運動になります。自分の足で歩くのがちょっとしんどいなーという方にはラウンドカーというカートも貸し出されており、大人気のため順番待ちしなくては乗れないようでした。

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センタープラザのてっぺんにある太陽の塔、そして地球感謝の鐘まで続く太陽の階段は一直線になっています。

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そしてそのラインにはモアイも。春分の日と秋分の日には7体あるモアイの真ん中のモアイの背中から昇った朝日が、天空の塔の10cmの隙間を通り、太陽の階段をかけ登り、頂上の地球感謝の鐘の中央に差し込むように設計されているそうです。

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地球感謝の鐘。サンメッセ日南は世界の真の平和を想って建設されたという歴史があり、太陽から与えられたメッセージに気づくことによって、地球に許される生き方を見つける」というテーマがあります。この鐘はキリスト教や仏教、神道など17もの宗教団体の代表からの資金援助によって作られたものなのだそうです。

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サヌカイトによって作られた鐘が澄んだ音色を響かせています。そしてこちらにも「21世紀出発の灯」が灯されています。世界望蝶の灯はここから分灯したのでしょうか。

平和とは何か、平和のためにどう生きるべきなのかを改めて考えさせられる場所です。

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蝶の楽園。日本列島を縦断して台湾まで、延べ2200キロを飛ぶというアサギマダラの姿がありました。

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まるはアサギマダラの動きにつられて飛びかかろうとしてしまいます。ペット可の施設ですが、ここに限っては猫立ち入り禁止にするべきだと思いました

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さて、最後に一気に下まで駆け下りて(本当はまるのせいでかなり寄り道していますが)モアイ広場へ。

なぜこんなところにモアイを復刻する許可が出されたのか?それは昭和63年にテレビがモアイを紹介したのが始まりのようです。その頃のイースター島のモアイはチリ大地震の被害で倒壊した状態のまま放置されていました。それを見た株式会社タダノの社員がモアイの修復を呼びかけ、奈良国立文化財研究所と飛鳥建設、株式会社タダノによる復元作業が行われたそうです。その功績が認められ、モアイ修復チームに日本での復刻建設の許可が出され、海を背景にしたイースター島を偲ばせる場所としてサンメッセ日南が選ばれてモアイが復元されたという流れのようです。

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7体のモアイはそれぞれ色々な運気を上昇させるパワーを持っていると言われています。
海に向かって左側から順に仕事運・健康運・恋愛運・全体運(夢叶う)・結婚運・金運・学力運。

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あまりよく知らなかったアル姉はちゃっかり右から二番目の金運モアイさんと一緒に記念撮影。でもモアイさんにタッチしなかったので恩恵は薄いかもしれません。

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人も随分増えてきました。ハーメルンの笛吹き男のように、まるの後を子供達がついて歩くのがなんだかおかしかったです。

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ぼくってどこに行ってもモテモテにゃ。

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モアイ広場の下に動物舎もありました。ロバさんも牛さんも仲が良さそうで微笑ましい。

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生れて初めての亀さんとの遭遇。大きいし怖いよね。全身で拒絶です。

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ガーデンテラス・ウェルカムショップ。お土産もの屋さんやフードコートはこちら。

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モアイ焼酎やモアイのティッシュケースカバーなどユニークなお土産があって面白いです。

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青い空と青い海、緑の丘にフェニックスとモアイ像。アミューズメント系のテーマパークではないのですが、自然を感じられるサンメッセ日南は思った以上に楽しい場所でした。まる君は人疲れでぐったりかな。

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お昼過ぎ、私たちが帰るころも来訪者の車で渋滞していました。人気スポットだったんですね~。

これにて宮崎旅行は終了です。自宅までの700km弱の道のり、アルパパと半分ずつ運転して帰りました。

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帰る途中、アルの命日ということで、アルの大好物だった柏餅を買ってお供えしてアルを偲びました。アルが1歳になるかならないかの頃、5つ入りの柏餅のパックをテーブルの上に置いておいたら、知らない間にアルがペロリと食べつくしていたのが本当に懐かしい。柏餅を見るたびにふふっと笑ってしまうエピソードです。楽しい思い出をたくさんありがとう。アルが旅立ってから2年が経ちました。でもね、なんだかいつもそばにいてくれる気がするんです。

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ねぇ、、まる君・・・本当はアルの魂が入ったりしてない?(笑)

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なーんてね。アルはアル、まるはまる。初めての長期旅行お疲れさま。これからも一緒に旅行をしようね。

宮崎旅行記に最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。次回は森林公園か出雲大社の旅行記になるかな。しばらく間があきますがまたご覧くださいませ。
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2018'06.08 (Fri)

宮崎旅行⑨ 飫肥城下町

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担当:アル姉

5月3日(木)
飫肥城に続いては飫肥城下の町歩きです。
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マップはこちら。

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大手門前から東に伸びる武家屋敷通り

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日南市飫肥地区は飫肥藩伊東家5万1千石の城下町として、江戸時代初期の城下町としての地割りをよく留めています。街路幅が当時のまま維持されているために、街路に面した石垣、生垣、門などが保存される結果となり、昭和52年に国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けました。

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武家屋敷通りを歩いているとなんとなく知覧を思い出します。このあたりには上級武士が住んでいました。石垣も立派なお屋敷が並びます。

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小村寿太郎は明治を代表する政治家・外交官。日英同盟の締結、日露戦争の戦時外交処理にあたりポーツマス講和会議の日本全権として講和条約を結んだことで知られる外交官です。随分綺麗だなと思ったら老朽化が進んでいたため改修してここに移設したのだそうです。

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旧伊東伝左衛門家。慶応4年の城下地図では伊東伝左衛門家とあり、由緒ある建物で、9世紀初めの建築と推定される。横馬場と八幡馬場に面した石垣や、枯山水の庭園とともに、飫肥の武家屋敷の典型と言われています。

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飫肥藩の藩校、振徳堂。天保2年(1831年)飫肥藩13代祐相公により開校され、孟子の教えにあたる「又従而振徳之」から振徳堂と名づけられた。教授には安井滄州、息軒親子を招き、藩士の子弟の教育に努めた。

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高さ2m以上の高い石垣に囲まれた広い敷地内に長屋門と主屋が保存されている。小村寿太郎も振徳堂で学びました。

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飫肥藩では中小姓以上の藩士の子弟は必ず入校しなければならない規定で、徒歩格以下は任意で入校できました。また藩士以外でも希望するものは入学を許されましたが、町人や農民はおもに習字・算術を一般の家塾で学んでいたということです。

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小村寿太郎記念館

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小村寿太郎の遺徳を顕彰して没後80年を経て平成5年に開館。小村寿太郎の生い立ちから外交の舞台での活躍ぶりなどを展示物や資料で紹介してあります。共通券で入れました。

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館内は撮影禁止ですが、この等身大パネルだけは撮影可でした。小村寿太郎氏の身長は156cmだそうです。隣にいる私は152cm。随分小柄で細身の方だったのですね。

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大手門通りを南へ。緩やかな下り坂になっています。

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後町通り。大手門通りと垂直に交わる通りです。

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この通りは道脇に水路があり、鯉が泳いでいました。

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再び大手門通り。向かって左に見えるのは旧山本猪平家。こちらも共通券では入れますが時間が押してきたのでスルー。飫肥の豪商であった山本猪平が明治40年(1907年)頃に建築した商家の本宅で、ほぼ建築当初のまま残されているそうです。

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小村寿太郎生誕の碑。最初に見た小村寿太郎の生家は元々はここにあったのでしょうか。

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本町商人通りにある旧高橋源次郎家へ。共通券使用。

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実業家で貴族院議員の高橋源次郎が建築した旧家。茅葺であった民家が瓦葺きへと転換していく初期の建築。

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見事な襖絵の前に高橋家の五月人形が展示されていました。大正3年のものですが白馬に乗った武者というのは珍しい気がします。台所を見てアルママが懐かしそうにしていました。ここで煮炊きするのは大変そうですね。

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日も暮れてきたのであまりゆっくりとは見られませんでしたが立派なお屋敷でした。

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本町商人通り。飫肥の重伝建エリアでは一番大きな通りです。雨はかなり小降りになってきました。

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商家資料館。共通券で入館。飫肥城下の商人町の代表的な建物である妹尾金物店を移築復元して資料館として公開。白漆壁の土蔵造りで目を引きます。樹齢200年の飫肥杉を使った建物。

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当時の商家及び商人達が使用していた道具などが展示されています。

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飫肥名物の厚焼玉子で有名なお店はすでに売り切れて閉まっていました。残念。

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16時も過ぎてしまいアルパパはもう帰りたがっていたのですが一番南の通り、前鶴通りへ。下級武士が住んでいたエリアで石垣が少し規模が小さく感じました。

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勝目氏庭園。無料公開されている庭園らしいのですが入り口が分からなかったので中には入りませんでした。

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ざっとですが重伝建エリアを見終えたので飫肥の町歩きは終了。皮肉にも町歩きを終えてから雨が上がりました。やはりこの大手門通りと武家屋敷通りの石垣がとても美しかったです。

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最後に駐車場そばの「おび天 蔵」へ。

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飫肥名物のおび天と厚焼玉子を購入しました。おび天は見た目は薩摩揚げに似ているのですが、豆腐が入っているのでふんわり柔らかい食感です。

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「友人に飫肥名物の厚焼玉子はやばい」と言われてとても気になっていたのでお目当てのお店のではありませんでしたが購入。飫肥の厚焼玉子は普通の厚焼玉子とはまるで別物です。江戸時代に貴重だった砂糖や卵をふんだんに使用し、飫肥の殿様に献上されたという厚焼玉子。食感は硬めのプリン。味は・・・お出しの効いたとっても甘い卵料理。デザートとして食べれば美味しくいただけます。おかずと思って食べると脳が混乱する感じ。

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それにしてもよく雨の降る一日でした。そのせいで朝からずーっとお留守番のまる君はとってもご機嫌斜め。本当はこの日は霧島の麓にある「ひなもりオートキャンプ場」の予約を取っていましたが、あまりの大雨だったので朝一でキャンセルを入れました。また次回の九州旅行で再チャレンジです。キャンプ場をキャンセルしたのでこの日は道の駅フェニックスで車中泊です。最終日は約700kmの道のりを帰るだけの予定でしたが、お留守番を頑張ってくれたまるのためにどこかへ行くことにしますかね~。

次回が宮崎旅行記ラストの予定です。ではでは。

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2018'06.04 (Mon)

宮崎旅行⑧ 飫肥城

画像をクリックするとアップロードサイズでご覧いただけます。
使用カメラ:ソニーα55 & iPhone6s 
担当:アル姉

5月2日(水)
大雨の中を向かったのは九州の小京都と呼ばれる飫肥です。
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観光案内所と飫肥城観光駐車場。140台となかなか大きな観光駐車場です。尾張小牧、大阪、春日部など我々よりはるか遠くから来ている車もいました。人気の観光地ですね。

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チケット付きの食べ歩きマップなども売られていましたが観光案内所で普通のマップをいただきました。

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雨はやや小ぶりになってきたのでほっとしながら町歩き開始。まずはやはり飫肥城から。大手門通りを北へ。

飫肥城址
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飫肥城大手門。明治の初めに取り壊されており、今の大手門は昭和53年に復元されたものです。

飫肥城の創築年代は不明。島津氏と伊東氏の間で103年の長きに渡って攻防が繰り広げられましたが、1587年(天正15年)伊東祐兵が封ぜられ、その後江戸幕藩体制下では一貫して飫肥藩伊東氏5万1千石の藩城となしました。日本100名城の一つ。

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大手門枡形虎口など。石垣などは現存遺構でしょうか。見事な桝形でした。

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幸せの4本杉。

松尾の丸
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江戸時代の藩主の御殿を再現した建物。松尾の丸は江戸時代初期の書院造りの御殿として、時代考証のうえ1,979年(昭和54年)に建築されました。

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入館料は7施設の共通券を買ったので大人610円・高大460円・小中360円です。単独では200円程度だったと思います。

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建物は御座の間、茶室、御寝所、湯殿、台所、御蔵などからなる。このうち湯殿は、国宝である西本願寺の飛雲閣のものを模したこけら葺きの総桧造り。

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藩主の再現住居ということですが飫肥の特産である飫肥杉を作って建てられています。

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殿様気分で記念撮影。

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GW中だったので端午の節句の飾りがありました。

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江戸時代の蒸し風呂は説明も丁寧でわかりやすく面白かったです。

旧本丸
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続いては旧本丸へ行ってみます。

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石段の先は桝形虎口となっています。

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桝形虎口から。

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旧本丸跡。シラス台地上に築かれた旧本丸には飫肥杉が植えられていました。

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旧本丸跡にある北門。北門の外にはグラウンドが広がっていましたが昔もここは曲輪だったようです。

飫肥城歴史資料館
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共通券で入れるので見学しました。残念ながら撮影は禁止。飫肥藩主・伊東氏の刀剣や鎧、古文書など数多くの資料が展示されていました。飫肥犯の参勤交代のルートなどは陸路・海路を織り交ぜてとても興味深かったです。

豫章館
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明治2年に移り住んだ藩主伊藤家の住まいで、広い屋敷地に主屋や御数寄屋・雑舎・蔵を配し、入り口には薬医門を構えている。飫肥城下では最も格式のある武家屋敷。

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大きな楠があったことから豫章館と名付けられたそうです。ヨショウとはクスノキの別称。飫肥城下では最も格式のある武家屋敷だということですが、一番雨がひどかったのでのんびり写真を撮る余裕がなく、ひたすら雨宿りをしていました

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お庭は武学流の作庭といわれる庭園。

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枯山水式庭園なのですが大雨のせいで庭全体が池のようになってしまっています。

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御数寄屋に続く道。

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写真でもわかるほどの強い雨。雨雲ズームレーダーを見ると真っ赤な雨雲が飫肥にかかっています。しばらく雨宿りをしてせめて真っ赤な雨雲をやりすごくことにしました。

長くなったのでここで一回切って町歩きは次回の記事で紹介したいと思います。

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テーマ : 城址巡り - ジャンル : 旅行

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