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2017'04.20 (Thu)

2017年3月・奈良旅行 今井町②

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使用カメラ:ソニーα55
担当:アル姉

3/19(日)


今井町その②です。
重伝建、今井町散策マップ。
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前回、南からぐるっと回って今西家を見学し本町筋を通りました。

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続いて一本南に行ってみます。虫籠窓の形もいろいろあって見ていてあきません。

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御堂筋。こちらは電柱が目立ちますが、見所の多い通りです。

豊田家(マップB)
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丸に木の紋ですね。要予約で見学可能。200円。根は入母屋造、本瓦葺で軒は高く、2階軒は出桁造り。 寛文2年(1662)の建築で古くからある上層町屋。

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説明看板。西の木屋(材木商、牧村家)で大名貸しや藩の蔵元等をつとめた。

称念寺(マップI)
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寺内町として成立した今井町の中核となった寺院で、寺内町の形成、発展を支える町政全般の拠点。浄土真宗本願寺派。
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遠くから見ていて本堂が見えないなぁと思ったら完全に覆われていて解体修復中でした。完成は東京オリンピックまでにはという話でした。

案内所兼休憩所
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称念寺の向かいの案内所ではボランティアの方が今井町や修復中の称念寺についての説明をしてくれましたので、解体中の本堂の写真なども見ることができました。

中橋家(マップC)
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屋号は「米彦」、もちろんお米屋さんですね。内部は非公開。

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説明看板によると、19世紀前半頃に正面上部に低い「つし2階」が増築された中規模な町家のようです。

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香ばしいような良い香り、お醤油屋さんを発見しました。旅行に行くたびに醤油を買おうとするアル姉に、アルママからダメ出しが出てしまいました。残念。

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南北の細い筋。見忘れた所があったので本町筋にもどってみることに。

今井まちや館(マップ③)
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18世紀初期頃の町家ですが、明治以降は、空家の期間も長く破損がひどかったそうです。8000万円ほどの修復費用をかけ、資料にもとづき当初の姿に復元。古材を再利用しつつ耐震、防火施設の充実をはかりながら再建したもので無料公開されています。

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内部。厨子(つし)二階の部分に上がらせてもらえます。厨子とはロフトのようなものです。案内のおばあちゃんがそう何度も力説するのです。外から見たとき虫籠(むしこ)窓が見える町屋はたいていこの厨子があります。

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文化財指定はないのですが、なかなか立派な町屋で予約なしで気軽に雰囲気を味わえるのは魅力的です。一口竈も珍しいですしね。

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本町筋。やはり少し道がずれていて見通しはききません。

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郵便局も町屋風。

続いて一本北の中町筋へ。もう一回分割です。
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2017'04.17 (Mon)

2017年3月・奈良旅行 今井町①

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使用カメラ:ソニーα55
担当:アル姉

3/19(日)


今井町
r-DSC09368.jpg(今西家)
今井町(いまいちょう)は、奈良県橿原市の中部に位置する地区で、1679年(延宝7年)に江戸幕府から「今井町」と呼称することを許され、1~4丁目がある。戦国時代の寺内町が原型となり、今も江戸時代の建造物が多数存在するため、町域の一部が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。(wikipediaより)

今井町散策マップ。
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重伝健の選定を受けたのは平成5年。東西約600m、南北約310m、面積にして17.4haの地区内には、全建物数約1500棟弱のうち、約500棟の伝統的建造物があり、全国で最も多いとされる規模です。

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まずは町の入口にある今井まちなみ交流センター「華甍(はないらか)」で今井町についての予習をしましょう。映像や模型、資料などが展示されています。午前9時~午後5時まで(最終入館は4時30分まで)、入館料は無料。

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ちなみに駐車場もここにあります。アルキング号だと微妙にアウトな感じのゲートでした。

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模型。今井町は天文年間(1532~55)、本願寺の今井兵部によって建てられた称念寺を中心として、一向宗の布教拠点として誕生しました。非常に練られた都市計画のもとに寺内町として発展し、他宗派や大名などの攻撃を避ける為に、周辺に濠と土居を巡らせ、僧侶や門徒を守るための武力が備えられました。模型やマップを見ても、見通しのきかない筋違いの道路、環濠で囲まれ橋でしか出入りできなかった構造などがわかりますね。

以前岡山県の鴨方にある高戸家住宅を紹介しましたが、高戸家はこの今井町の出身で、一向一揆などの戦乱を嫌い移住したという話でした。今井町は一向宗の寺内町でしたから、一向一揆の折にはやはり織田信長と敵対しますが、本願寺の降伏や、交流の深かった堺の豪商と明智光秀のはからいなどで武装を放棄することになります。そして信長は武装放棄を条件に「萬事大坂同前」として、今井町に大坂と同じように自治権を認め、今井町は取り壊しを免れるだけでなく信長から自治権までもを与えられました。江戸時代には今井札という独自通貨が流通するほどに栄え、「大和の金は今井に七分」と言われるほどの商工業都市として発展していったのです。

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展示パネル。

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豊田家住宅の模型。写真手前が東、右手が北です。

非常に広いので全ての通りを歩くのは無理かなぁ・・・。とりあえず歩き始めます。まずは南東から西にある今西家住宅を目指します。
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南尊坊通り。歩き始めるとまもなく、通りが早速折れ曲がっています。

春日神社(マップQ)
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旧常福寺。江戸時代には常福寺の鎮守として春日神社が祀られていたが、明治の廃仏毀釈で常福寺が廃寺となり、春日神社だけが残っています。境内には常福寺の本堂である観音堂や門が残されていました。

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春日神社の北の通り。

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環濠復元。この左手、今西家の南に織田信長の本陣があったとされています。今はほとんどが埋められてしまっていますが今井町全体がこのような環濠に囲まれた環濠集落でした。

今西家(マップA)
今西家は代々今井の惣年寄筆頭をつとめた家筋で、領主・代官の町方支配の一翼を担い、自治権が委ねられていました。元々は川井姓を名乗っていましたが、5代目川井長左衛門正冬のとき大坂夏の陣の功により、元和7年(1621年)5月郡山城主松平下総守忠明(徳川家康の外孫)より今井町の西口にあることから今西姓を名乗るようにすすめられ今西家を名乗るようになります。
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西から。 外壁は白漆喰塗ごめ。大棟の両端に段違いに小棟を付け入母屋造りの破風を前後くい違 いにみせ(八棟造り)、本瓦で葺いて堂々とした城郭風の外観になっています。説明してくださる町の方々が皆口をそろえて「二条城みたいに」とおっしゃるのが印象的でした。

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北から見ると普通に町屋風ですね。

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2段の壁には、向かって右方に川井氏の定紋を入れ、左には旗印を付けています。

今西家は棟上札から慶安3年(1650年)の建立であることがわかっており、今井町で最も古い民家です。総年寄りをつとめ司法権・行政権を委ねられ、お白州をもつという有名な家でもあるため、アル一家もここの見学だけはしたいなと思っていました。見学は要予約で一人400円。当日に何度か電話をかけて無事見学することができました。写真はご自由にと言われるのですが、案内してくださるご婦人は途切れることなく説明を続けてくださいます。そして次のお客さんが待っていたため終わるとすぐ追い出されてしまったので、実際にはあまり写真を撮ることができず残念でした

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居室は6間取。今井町の基本的な間取りです。納戸の敷居は一段高くなっており、「帳台構え」というそうです。

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通用口から中へ。

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土間。ここがお白州となっていた場所です。左手に式台がありますがたいそう立派でした。土間と居室の間には猿落しつきの板戸があり完全に遮断することができるようになっています。

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左上にあるのはいぶし牢(男性用)の入口。この右側にも女性用のいぶし牢があります。中は窓もなく、軽微な犯罪を犯したものの罪を認めない場合などに、閉じ込めて煙でいぶし、罪を白状させたのだとか。おっかないですね 左下の消火設備横の扉が牢屋に繋がる扉。牢屋は現在は焼失しています。

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手前は「なかのま」、お白州での裁きはここから行ったのでしょうね。奥が「なんど」。納戸というと物置的なイメージですが、主人の寝室であり、許可なく勝手に入ることはできない部屋でした。3方向の敷居は一段高く作られていて、敷居が高いと言う言葉の語源になった造りだそうです。そしてやはり猿落としとよばれるオートロックのような構造の戸で完全に戸締りをすることが可能になっています。厳重な造りですね。

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土間の天井。広い土間ですが柱がありません。大梁を3本を通すことで広い空間を確保しているのです。3本の梁のうちの一本(手前)は、昭和の解体修理のときに新しく取り替えられたもので残念ながらひびが入っています。

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お庭と結界石。結果石は立ち入り禁止を意味しています。お庭の左手に蔵のように見えている建物が現在今西家の方々が住んでいる住居。旧今西家の外観を損ねないためにも増築するときに蔵を模してつくられたそうです。そのため窓もないのだとか。今井町、今西家という文化財を保存するために住民の方々は大変な苦労と努力をなさっているのですね。

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今西家東側。

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今西家の前を通る道路は、折れ曲がって小さい枡形になっています。2階の窓は町内の道を真っ直ぐに見通す位置に作られていて、西の守りの要であったことがよくわかります。

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本筋通り、西方向。今西家が接しているメインストリートと言える通り。

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今井町はカフェやお土産屋さんなどは少ない方だと思いますがこの通り沿いには色々ありましたよ。

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こんな自販機もあってびっくりです。お豆腐やさんの自販機ですよ。美味しそうなお豆腐や油揚げ、豆乳などが売られています。

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本筋通り、東方向。電柱はありませんね。一番絵になる通りなのでしょうか、スケッチをしている人がたくさんいました。

長くなりそうなので分けます。

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2017'04.13 (Thu)

2017年3月・奈良旅行 橿原神宮

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担当:アル姉

3/19(日)
道の駅ふたかみパーク當麻を出発後に向かったのは橿原神宮です。今井町の町歩きをするにあたって駐車場に困り、橿原神宮にお参りしてそのまま歩いて今井町に行こうという話になりました。今井町は20年以上前に重伝健に指定されており、駐車場の整備もしっかりとされていますが、キャブコンのアルキング号だとゲートの屋根の高さの関係で入れない可能性があるのです。

橿原神宮
奈良県橿原市の畝傍山の東麓、久米町に所在する神社。初代天皇であると伝えられる神武天皇が、橿原宮で即位したという「日本書紀」の記述に基づき、明治23年(1890年)に明治天皇により官幣大社として創建されました。御祭神は神武天皇と皇后の媛蹈韛五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)。

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境内図。かなり広大。

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表参道。神橋と二の鳥居。子供の頃に来たはず。この参道だけは覚えがありましたがほかはさっぱり

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南手水舎。恐ろしく立派な手水舎で驚きました。

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神殿池。遊歩道も整備されています。

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南神門。

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もう一枚南神門。中央に白無垢の花嫁さんがいるのがわかりますか?この日は何組もの挙式が行われていたようで、あちこちに綺麗な花嫁さんがいてうっとりしてしまいました

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外拝殿。昭和14年に完成。大きな絵馬は人気の撮影スポット。お宮参りのご家族連れが多く、アルパパもカメラマンを頼まれたりしました。一生の思い出になる大事な家族写真です。上手く撮れてるのかなぁ

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外拝殿から内拝殿へ向かって参拝。外拝殿ができたのは昭和ということですから、創建当初の橿原神宮はここまで大きくなかったのでしょうか。全体的に割りと新しいなという印象です。

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内拝殿。紀元祭やその他重要な祭典に使用され、また特別参拝の拝殿となっています。本殿・幣殿はこの奥にあります。屋根越しに何とか幣殿の千木・鰹木が見えていますね。

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参拝中、雅楽の音色が響き渡ります。何事かと見ていると、内拝殿で行われる神前結婚式ではありませんか。思わず魅入ってしまいました。神前式って厳かで素敵ですね。

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そういえば境内にこんなところがありました。

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北参道と鳥居。

さて、お昼休憩を挟んでいよいよ今井町を目指します。近鉄橿原線の利用も考えたのですが、片道2km少々の道のりなので歩くことにしました。
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気持ちの良い小道を少し歩きます。

橿原神宮の北には神武天皇陵があるのです。
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が・・・なんということでしょう。杉並木が待ち受けていました。この日の花粉情報は「非常に多い」です。鼻はむずむず、目はかゆかゆです!

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神武天皇陵。畝傍山の北東の麓、橿原神宮に北接する。円丘で周囲は約100m、高さ5.5mの広い植え込みがあり、幅約16mの周濠をめぐらせています。

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橿原神宮はとてもにぎわっていたのに、ここはひっそりと静かです。神武天皇は実在したかどうかが疑問視されている人物で、天皇陵の造成についても諸説あるようですが、荘厳で神々しい雰囲気を醸し出している場所でした。

この後暫く喉の痛みに咳き込みながら幹線道路を歩き、今井町に到着です。
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今井町の紹介は次回になります~。

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2017'04.11 (Tue)

2017年3月・奈良旅行 當麻寺

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使用カメラ:ソニーα55
担当:アル姉

3/19(日)

二日目担当はアル姉です。今回の奈良旅行で車中泊地にしたのは葛城市にある道の駅ふたかみパーク當麻というところです。
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二上山(にじょうざん)のそばにある道の駅で、ハイキングや登山のお客さんで駐車場はいっぱい。気持ちの良い挨拶が飛び交います。

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道の駅のすぐ北にあるふるさと公園。

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周辺地図。

この日は今井町がメインだったのですが、近くに當麻寺という7世紀に創建されたお寺があるというのでお散歩がてら行ってみることにしました。

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當麻寺までは片道1.4kmほどの道のりです。不思議な型で埋め尽くされた敷地。プラスチック加工の会社のようでした。なるほど、遊具はこうして作られるのか!と初めて目にしました。面白いですね

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20分ほどで當麻寺の北門に到着。

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境内図と看板。

當麻寺(たいまでら)
奈良県葛城市にある7世紀創建の寺院。法号は禅林寺、山号は二上山。創建は白鳳時代に聖徳太子の異母弟の麻呂子王が創建した大阪河内の寺院を当麻の地に移されたと言われていますが定かではありません。主要伽藍のうち三堂(本堂・金堂・講堂)が公開(大人500円・小学生250円)されています。
本堂・東塔・西塔・塑造弥勒仏坐像(金堂安置)・当麻曼荼羅厨子・綴織当麻曼荼羅図・梵鐘などが国宝です。

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東大門(仁王門)と参道。

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梵鐘(国宝)。日本最古級と推定される梵鐘。當麻寺創建当時の遺物と言われています。

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東塔(国宝)。三重塔で、総高は24.4メートル。奈良時代末期の建築。

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金堂(重要文化財)・本堂(国宝)・講堂(重要文化財)。金堂は鎌倉時代の再建。内部には本尊の塑造弥勒仏坐像(国宝)、乾漆四天王立像などが安置され、創建当初は金堂が信仰の中心だったと言われています。

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本堂(国宝)。曼荼羅堂とも言われます。
寄棟造、本瓦葺。桁行7間、梁間6間。梁行6間のうち、奥の3間を内陣、手前の3間を礼堂とし、内陣は源頼朝寄進の須弥壇(国宝)上に高さ約5メートルの厨子(国宝)を置き、本尊の当麻曼荼羅を安置する。当麻曼荼羅の原本については、藤原豊成の娘とされる中将姫という女性が蓮の糸を用い、一夜で織り上げたという伝説があるそうです。能や浄瑠璃などにも演じられてきた中将姫の伝説については、當麻寺の公式サイトに詳しく載っています。

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中将姫の像。そういえば中将姫の墓というのが當麻寺に来る道中にありました。中将姫ゆかりのボタンの寺、石光寺も近くですね。地元の方に道を尋ねたときも「中将姫さんの○○ならあそこに。△△ならそこに」と詳しく教えてくださる方がおり、ひろく愛されているお姫さまのようですね。

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西塔(国宝)は見えませんでしたが、三重塔で総高は25.2メートル。様式からみて東塔よりやや遅れ、平安時代初期の建築と推定されるそうです。

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重文ですが白鳳時代の石燈籠。

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奥の院の楼門。当麻曼荼羅の原本(根本曼荼羅)は「綴織当麻曼荼羅図」という名称で工芸品部門の国宝に指定され、奥の院に収蔵されているそうです。特別展などで公開される以外は一般公開はされていません。

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時期が時期だったのでお墓参りの人が多く、観光客の姿はあまり見られませんでしたがとても大きくて立派なお寺でした。伽藍三堂の拝観以外にも庭園など見所は多そうです。

帰り道、個人的に気になっていた傘堂に寄ってみることにしました。その途中で見つけたのがこちら。
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大津皇子(天武天皇と大田皇女の間に生まれた皇子)の姉である大伯皇女が詠んだ歌です。多くの登山客でにぎわう二上山には大津皇子のお墓があるんですって。

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傘堂。郡山藩主本多政勝候の菩提をとむらうために建立されたものです。

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ここに吊り下げられていた梵鐘には、「恋王の私情に勝(た)えず」「一恩永伝」等の言葉が刻み込まれていたそうです。

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近くにあった當麻山口神社にも立ち寄り参拝。小さいけれど手入れの行き届いた綺麗な境内でした。

さあ道の駅に帰ろう、と思ったらとてもけたたましい鳴き声がきこえたので隣接する大池へ。
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池の向こうに見えている山が二上山。カモの鳴き声ではないなぁと思ったら、声の主は数年前から大池の主となっている・トゥールーズ・ガチョウさん夫婦。「ハイイロガンに似ている」とアルパパ。「いや、鳴き声からしてガチョウでしょうよ」とアル姉。調べてみたらハイイロガンから作った家禽なんだそうです。納得の特徴でした。

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ポカポカ陽気に誘われてついつい長めの散歩になってしまいました。午後からの今井町歩きが本番なのに足が既に疲れています(苦笑) そして見てくださいこの春霞。花粉情報も非常に多い、PM2.5の観測もこの日は高濃度で目・鼻・喉が大変な一日になりそうです。

おまけ
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お散歩途中で会った黒柴の子犬。とても人懐っこくかわいかったです。どんなわんちゃんに会ってもうっかり「アル~」と言ってしまうアルママが大喜びでした。名残惜しくもわんちゃんとお別れをして道の駅に戻り、橿原神宮へと向かいました。

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2017'04.08 (Sat)

藤ノ木古墳

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使用カメラ:ソニーα55
担当:アルパパ

歴史的街並み・西里
法隆寺の西大門を出て藤ノ木古墳に向う途中、歴史的街並み・西里を通ります。

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ここらで、カメラのフォーカスを間違って、AF → MFに切り替えたらしくて、右の説明板はピンボケですが、まあ、こんな看板がありましたという程度にみてください。(ズームのロックボタンとAF・MF切替ボタンが近接しているので、間違えることがあります)


藤ノ木古墳 (Wikipediaから抜粋)
藤ノ木古墳の名称は所在地の字名に由来。 玄室内から大量に出土した土師器、須恵器の年代から古墳時代後期、6世紀第4四半期の円墳であると推定されている。
[概要]
径約50メートル、高さ約9メートルの円墳であるとされているが、現状は削り取られていて、これより小さい。
[石室]
未盗掘の横穴式石室で、家形石棺に成人男性2人が合葬されていた。石室規模は、全長14メートル弱、玄室長は約5.8~6.0メートル、玄室幅は約2.4〜2.7メートル、高さ約4.2〜4.4メートル、羨道長さは約8.3メートル、羨道幅約1.8〜2.1メートル。石棺は二上山の白色凝灰岩で造られており、石棺の内や外は、赤色顔料(水銀朱)で塗られている。棺の大きさは、約235×130×97センチメートルであり、蓋は約230×130センチメートルで、厚さが約52-55センチメートルであり、縄掛突起がついている。
[被葬者]
副葬品から、当時の支配階級であったと考えられているが、円墳であることから大王クラスではなく、その一族の人物と推測されており、聖徳太子の叔父で蘇我馬子に暗殺された穴穂部皇子と、宣化天皇の皇子の宅部皇子であるという説や、元々穴穂部皇子の陵墓であった所に同母弟崇峻天皇が合葬されたという説がある。
[発掘調査]
1985年から2006年にかけて6次にわたり発掘調査が行われた。
第1次発掘調査では石室と刳抜式の家形石棺が検出された。石棺と奥壁の間からは金銅製鞍金具などの馬具類や武器・武具類、鉄製農耕具(ミニチュア)などが出土している。このうち金銅製馬具は古代東アジアの馬具の中でも最も豪華なものの一つであり、その装飾模様は、日本、新羅、百済、伽耶いずれにも出土例のな珍しいものである。他に玄室右袖部からは多数の須恵器、土師器が出土し、これらに混じって江戸時代の灯明皿もあった。このことは、近世に至るまで、この石室内で被葬者に対する供養が行われていたことを示している。
1988年の第3次調査では、家形石棺を開口して内部の調査が実施され、2体の人骨のほか、大刀5口と剣1口、金銅製冠や金銅製履などの装身具、銅鏡4面、1万点以上のガラス玉類などの副葬品が検出されている。
[文化財指定]
古墳は国の史跡。出土品は、2004年に国宝に指定され奈良県立橿原考古学研究所附属博物館で保管・展示されている。
・国宝指定物件は以下のとおり
金銅鞍金具 1背、鉄地金銅張鞍金具 残欠共 2背分、金属製品 一括(馬具類、刀身、鉄鏃、鉄製模造品など)、土師器・須恵器(蓋3箇共)46箇(須恵器37箇(蓋3箇共)、土師器9箇)・・・以上石棺外出土
銅鏡 4面(獣帯鏡1、画文帯神獣鏡2、神獣鏡1)、金属製品 一括(金銅冠、金銅履、金銅製・銀製装飾品類、刀剣類など)、ガラス製品 一括(ガラス玉類)、附 繊維類 一括・・・以上石棺内出土

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以前来たときには、ロープが張ってありましたが、今は公園として整備されており説明板も設置されています。

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玄門から中を覗くと、人感センサーが作動して石室に灯が灯ります。


斑鳩文化財センター
藤ノ木古墳から南へ 200mのところに、斑鳩文化財センターがあり、藤ノ木古墳の出土品(レプリカ)を展示してあります。

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門を入った左手に石棺のレプリカが置いてありますが、朱が眼に痛いほどに強烈です。

到着したのは 16:45。閉館は 17:00。15分しかありませんが、学芸員の方が「少しぐらい時間はオーバーしても構いませんよ」と快く迎えてくれました。

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展示室への通路は羨道(えんどう)を模してあります。

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発掘時の石棺内部を再現したレプリカ。人骨、太刀、銅鏡、金銅製履、ガラス類等々、多数の品々が見られます。また、石棺内部の朱がやはり鮮やかです。

多くの展示品の中から、写真でよく見る代表的なものを2点紹介します。

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金銅製鞍金具(前輪)と(後輪(しずわ))。

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金銅製履のレプリカ。銅錆びまで、忠実に模造しているのでしょう。本物といわれても判らないほど、とてもリアルです。

履
金ピカの復元品(ネットから借用)。奈良県立橿原考古学研究所附属博物館には本物の出土品が展示されています。

ここ、斑鳩文化財センターはレプリカ展示のため、入館は無料で写真撮影もOKですが、年に一度、本物が展示されるそうで、そのときは有料となるそうです。


これで、本日の予定は終了です。
宿泊地は、法隆寺から近い 道の駅「二上パーク當麻の里」ですが、土曜日の奈良は道が渋滞しているため、到着したのは 18:00でした。

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テーマ : 国内、史跡・名勝巡り - ジャンル : 旅行

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