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2017'07.21 (Fri)

鞆の浦 (6/17)

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担当:アル姉

鞆の浦 (6/17)
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今回は鞆の浦の穴場というかあまり人は行かないかもしれないスポットを巡ることにしました。
沼名前神社と安国寺です。しかしその前にどうしても行きたかった園福寺にも寄ってもらいました。

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道中に見つけた鞆ノ津ギャラリーありそ楼と千鳥食堂。

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ありそ楼さんは大正にできた築100年の木造三階建てを利用したギャラリー&カフェ。様々なイベントに場所を提供されているそうです。味わいがありますね。

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細い路地。この階段の先に圓福寺があります。

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崖の上レストラン ボス・キャット。猫をモチーフにした看板がとても可愛らしいです。

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そしてさらに階段を上ると圓福寺。鞆の浦のお寺と言えば福禅寺が有名なのですが、こちらもある理由でとても人気のスポット。「ウルヴァリンSAMURAI」のロケ地にもなりましたがアル姉のお目当ては・・・。

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この猫ちゃんたちです。面倒をみているボランティアの方にもお話を伺うことができました。猫を飼いたいと言われたらたまらないと思ったのかアルパパは圓福寺でいっさい猫ちゃんに近づいてきません。結局この一週間後にまるに一目惚れするわけですが、何が起こるかわからないものですね。

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伸び伸びと幸せそうに見えますが、猫を迷惑に思う人がトラバサミを仕掛け被害にあい、3本足になってしまった猫ちゃんもいました。

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ボランティアの方々餌やり・避妊去勢手術・トイレの設置などの活動をなさっています。

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募金箱。少しだけど入れされてもらいました。我が家は保護猫を迎えることはあきらめましたが保護猫・保護犬活動などをなさっている方々に協力していくことができればと思っています。

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ちなみに圓福寺は猫だけのお寺ではありません。景色もなかなかのものです。仙酔島と鞆の浦のシンボルである常夜燈が見えます。

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名残惜しいけれどアルパパの行きたかった神社へ向かうことに。

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いろは丸事件の賠償の交渉が行われた場所。いろは丸事件というのは日本で初めての蒸気船同士によっておきた衝突事故。坂本龍馬率いる海援隊の乗り込んだ蒸気船「いろは丸」が紀州藩の蒸気船「明光丸」と鞆の浦沖で衝突したというものです。後で知りましたが現在は旅館として営業されており1階は宮崎駿監督がデザインしたレストランになっているそうです。


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鞆の津の商家。主屋は江戸時代末期の建築。無料公開中でしたが時間の都合でパス。

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鞆の浦と言えば薬味酒の保命酒が有名ですが実はアル一家は一度も飲んだことがありません。鞆の浦には4軒の醸造元があり、こちらは入江豊三郎本店さん。

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てくてく町歩きしながらやっと見えてきた鳥居。

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沼名前神社。「ぬなくまじんじゃ」と読みます。難しいですね。

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神門と狛犬さん。もう片方の狛犬さんは植え込みに隠れて視界が悪そうでした。

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拝殿。沼名前神社は、明治に渡守神社(わたすじんじゃ)・鞆祇園宮(ともぎおんぐう)を合祀し、『延喜式』神名帳の記載にならって「沼名前神社」と改称したもの。


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本殿。2柱を祭っており、主祭神が大綿津見命(おおわたつみのみこと) - 旧渡守神社祭神、相殿神が須佐之男命(すさのおのみこと) - 旧鞆祇園宮祭神。

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拝殿の左右に建つ石灯篭の周りには小さな十二支たちがたくさん並べられていました。

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たくさん並べられた力石。

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豊臣秀吉遺愛の能舞台があるというので楽しみにしていましたが内部は見ることができませんでした。かつて京都伏見城にあったものを、福山城主・水野勝成が二代将軍・徳川秀忠より拝領し、それを沼名前神社に寄進したとのこと。分解して移動できる組み立て様式の能舞台で国指定の重要文化財になっています。

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境内から望む仙酔島の中弥山、大弥山。この神社はちょうど仙酔島に向けて真正面になるように建てられているのですね。

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沼名前神社の参道で「国宝安国寺釈迦堂」という碑を見たのでそちらに行ってみることに。鞆の浦はどこも綺麗に石畳が整備されていて歩いていて気持ちがいいですね。

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突き当りが安国寺。無人で拝観料を入れる箱が置かれていました。一人150円。

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釈迦堂正面から。重要文化財。塀との距離が短すぎて全体が入りません。

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釈迦堂裏手から。

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木造阿弥陀如来及び両脇侍立像(重要文化財)
木造法燈国師坐像

国宝という碑がありましたがwikipedeliaによると
昭和2年(1927年) - 釈迦堂が重要文化財(当時の国宝)に指定される
昭和17年(1942年) - 阿弥陀三尊像、法燈国師像が重要文化財(当時の国宝)に指定される
とあるので、当時の国宝であって現在は重要文化財のようですね。

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法堂(方丈)跡と作庭家・重森三玲が復元修理した枯山水の庭園。庭園は室町時代の造園。慶長四(1599)年、安国寺恵瓊による修築時に蘇鉄が植樹されたと言われています。

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気が付けばもう夕方でした。お馴染みの鯛ちくわを購入して帰路へ。

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帰宅時の空。本格的な夏を迎える前にたっぷりとお散歩を楽しめる有意義なお出かけになりました。

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2017'07.11 (Tue)

仙酔島 (6/17)

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担当:アル姉

6/17(土)仙酔島
ブログにアップするのは6年ぶりになります。広島県の仙酔島・鞆の浦に行ってきました。
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(昨年1月。鞆の浦 福禅寺・對潮楼より)

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鳳凰のような雲を見つけご機嫌のアルパパ。実は梅雨入り宣言のあった直後だったんですが本当にいいお天気です。ボンネットバスは鞆の浦の定期観光バス。ノスタルジックでいいですね。今回一番遠いけれど一番大きな鍛冶駐車場に駐車したのですが、いつのまにか立体駐車場化されていてアルキング号で来ていたら危ないところでした。ちなみにこの日の足はアウトランダーです。

仙酔島は有名なパワースポット。その昔、宮島厳島神社・大鳥居建立の第一候補地だったといわれている場所です。そして鞆の浦は崖の上のポニョのモデルになったことで有名な街です。2011年8月の記事はこちら
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福山市営渡船「平成いろは丸」に乗って仙酔島へ。大人往復240円です。

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仙酔島マップ。

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鞆の浦から仙酔島まで渡る5分ほどの間に必ず目にすることになる弁天島。

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渡船場近くにある海食門。

仙酔島には小弥山•中弥山•大弥山•御膳山があり、山頂に展望台や神社が祀られています。まずは桟橋近くの御膳山展望台へ。
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行啓記念碑。大正十五年五月二十四日 昭和天皇が皇太子の時にこの場所で鯛網を観覧されたとのこと。なぜか東郷平八郎の書です。

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そしてここからは弁天島を眼下に見ることができます。対岸はもちろん鞆の浦。いろは丸がいる場所が渡船場です。

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弁天島の説明看板。船をチャーターすれば上陸することもできると聞きましたが簡単には行けない場所のようです。

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続いて御膳山を下から見てみます(さらに背後は弁天島)

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御膳山の岬にあった海食門は平成20年に壊れてしまったようです。溶結凝灰岩。

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電磁波をアースできるという浜、田ノ浦へ。夏は海水浴場として賑わいます。目の前に見えるのは皇后島。

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神功天皇が仙酔島に渡る前この島に船をこぎ入れ小舟に乗り換えて移動したことから、「皇后島」と名付けられたそう。まるで入り口のような入り江があります。

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またこの田ノ浦周辺には二つのお宿があります。人生の変わる宿「ここから」と国民宿舎「仙酔島」。「ここから」には現天皇陛下が、皇太子時代(昭和42年)にご宿泊した貴賓室があります。一度中へ入ったことがありますが景色も素晴らしく素敵なお部屋でしたよ。

しかし今日は国民宿舎の方へ。
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風花さんというレストランで腹ごしらえ。鯛の兜煮がとても美味しかったです。6年前よりメニューが減った気がするのは気のせいかしら?

お腹いっぱいになったので散策再開。
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断層からわかる様々な大地の動き。

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仙酔層(頁岩・砂岩・礫質砂岩からなる地層)。

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断層と海食洞。

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五色岩。仙酔島で一番有名なスポットでしょうか。

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青・赤・黄・白・黒の5色の岩が海岸に延々と1キロに渡って続いています。そうそう、瀬戸内海の真ん中に位置する仙酔島は潮の満ち引きの高低差、満干差が4メートルもあるのだそうです。昨年1月に訪れた時は遊歩道を渡れないほど潮が満ちていて苦労したのですがこの日はかなり引いていて悠々と散策できました。

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島全体がパワースポットとも言える仙酔島の中でおすすめだという場所がここです。五色岩よりさらに進んだ場所にあります。若い女性がたまにこのくぼみに入って瞑想していることがあります。この日は誰もいなかったので独り占め~。

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彦浦。3時間で自分の役割・役目に気づく場所と言われていますが、アル一家がいたのはせいぜい10分でしょうか(苦笑)

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しかもアルママは石を探して遊んでるし、アル姉は石を投げて遊んでるしだめだこりゃ。

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アメンボサイクルなるものがありました。とても楽しそうです。感謝の塩、ここは仙酔島の塩工房です。

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山の中へ続く遊歩道。

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赤岩展望台。

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途中にあった不思議な木。生命エネルギーが噴出してるみたいです。

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実はこの日、風邪気味で朝は調子が悪かったのですが、仙酔島にいる間は本当に気持ちがよくて風邪もどこかへ行ってしまいそうな気分でした。とは言えちょっと山登りはしんどかったのでごく普通に短時間のコースを回りました。

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中弥山・大弥山への登山口。またの機会に、と言いながらなかなか登れずにいます(苦笑)

田ノ浦に戻ってきました。
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携帯電話基地局アンテナの立つマンションに住み、PCだのスマホだのを使いまくるアル姉。電磁波まみれなのでアースさせてもらいました。勢いあまって水にまで入ってしまいましたが暑い日だったので冷たくて気持ちがいい。

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もっとぼーっとしていたい気もしましたが鞆の浦でも行きたい場所があったのでしばらく涼んだ後再び平成いろは丸で鞆の浦へ戻りました。

おまけ
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仙酔島にある看板。「おかえりなさい」このひとことに何だかほっとする島です。ありがとう。たっぷり充電したよ。また帰ってくるね。

鞆の浦は次回です。
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2017'06.30 (Fri)

宮島③

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担当:アルパパ

再び大願寺
弥山から下山すると、もう一度、大願寺を訪ねました。
そして、アル姉が手を合わせると、待っていたかのように、「白い衣装を着て、琵琶のような楽器を手にした、すらりと背の高い女の人が現れた。手は八臂のよう。特にメッセージはなし」とのこと。

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「え~っ」という感じですが、こんなイメージでしょうか。もちろん、スワンには乗っていませんし、手はもう 4本多い。
楽器を両手で持っていて、それ以外の手に何かを持っているという印象はあまりないそうです。

そもそも、弁才天の起源はインドの河の女神・サラスヴァティにあるといわれています。サラスヴァティを表す絵や写真は中々ないのですが、ヴィーナという楽器とヴェーダ経典と数珠を持ち、知恵と芸術と幸福を司る聡明で美しい女神といわれています。

img_1_m.jpg 弁才天
一方、日本の弁才天は二通りに分かれます。一つは「大日経」によるとされる二臂で琵琶を奏でている「優しい天女」の形。もう一つは「金光明最勝王経」によるとされる八臂弁財天。手には、財を表す宝珠と鍵を持っています(そのためこの形は弁財天と表記されます)が、残る .6つの手には武器を、更に古い形では、すべての手に武器を持っています。特に、真言密教においては、「戦いの女神」としての弁財天を重視しているようです。
後で調べたところでは、大願寺(真言宗)の厳島弁財天は空海の手によるものとされ、日本三大弁財天と呼ばれるほど有名なもののようです。秘仏のため、年に一度しかご開帳されず、普段その姿を見ることはできませんが、八臂像のようですから、「戦いの女神」形だと思います。

上に、「特にメッセージはなかった」と書きましたが、私は、この姿こそが、「わたしは、戦いの女神ではない。この手は、人々を救うためにさしのべています」という女神からのメッセージだったように思えてなりません。

また、この弁才天は、元々は厳島神社の本殿に祀られていたものが、神仏分離により、大巌寺に移されたそうです。最初の時に、厳島神社の鳥居を見せてくれたのは、「私は、サラスヴァティ。厳島神社の女神」ということだったのかも知れませんね。
弁才天の真言は、「オン ソラソバテイエイ ソワカ」といいますが、サラスヴァティが、訛ってソラソバテイエイになったのでしょう。

弁才天ほど習合の激しい神様(仏様)はいません。神社にも、お寺にもお祀りされており一般的には、弁天様=市杵島姫命といわれることが多いのですが、今回の訪問では、弁天様自らが、それを否定されたように思います。やはり、弁天様の本質は、サラスヴァティそのものなのだと思います。それは美しい白蛇の姿をとることもあるようです。


後は、写真をサラッと。
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この奥に、弁才天? ここは写真撮影OKだったのかな。

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大願寺には国の重文がいくつかあるのですが、これはその一つ、薬師如来坐像。上には、何故か、錦帯橋の模型が。

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その隣は、勝海舟、木戸 孝允等会談の間。

さて、まだ見残しがあるので次に行きます。
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かわいいですね。また、来るからね!

豊国神社と五重塔
国重要文化財。通称:千畳閣。豊臣秀吉公が千部経の転読供養をするため 1587年に発願し、安国寺恵瓊に建立を命じたが、秀吉の死により未完成のまま現在にいたっている。 明治時代に秀吉公と加藤清正公が祀られ、豊国神社となった。入母屋造りの大伽藍で857畳の畳を敷くことができ、軒瓦には金箔が押してあることから完成していれば、豪華な桃山文化を取り入れた大経堂になっていたと思われる。本尊の釈迦如来他は神仏分離令のときに大願寺に移されている。

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建物自体が大き過ぎるのと、引きも取れないので、写真に納まりきらない。

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五重塔も国の重文です。高さ、26.7m。本尊の釈迦如来・普賢・文殊菩薩は、やはり、明治の神仏分離で大願寺へ移されている。


大聖院(だいしょういん)
弥山に登って、弥山本堂・聖火堂・大日堂と次々参拝しましたが、これらの堂宇は麓の大聖院のものです。今回は、予定外(結果的には大本命)の大願寺に時間を取られたため、大聖院には参拝することができませんでした。いつか、日を改めて参拝しなければ。


町家通りと参道
来るときは、海岸通りを来たので、最後に町家通りと参道を歩いてみることに。
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昔はこちらがメインストリートで、遊郭も多かったそうですが、今は、人の流れが参道側になったので、今は、生活道路です。この通りを、厳島神社に向って歩くと、通りの向こうに五重塔が見えるという絵になる風景が見られるようですが、生憎、反対向きに歩いたもので、絵になるものがありません。

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参道は、土産物屋が軒を連ねて賑わっています。人力車の写真は、朝方のものなので、店も閉まっていて人通りも少ない。この人力車には、挙式に向かう新郎新婦が乗っています。新郎は白人でした。


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では、またね。

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2017'06.27 (Tue)

宮島②

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担当:アルパパ

宮島旅行記の続きの前に今日のにゃんこです。
次の土曜日に迎えに行くべく着々と準備中ですが、玄関の脱出防止扉が最大のネック。オーダー後3ヶ月掛るらしい。
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何だかんだで名前はまだ決まらず。


さて、宮島②です。

山頂マップ
獅子岩駅へ着いても、ここが頂上ではありません。弥山頂上の標高は、535m。標高差 100mは歩いて登るほかありませんが、獅子岩駅からはいきなり下りです。40mほど下って、それから 140mの登りです。

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案内板によると、山頂まで 30分。

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天然記念物・弥山原始林の石碑。ここから、標高差 140mの登りです。

喘ぎながら登っていくと、最初に着くのは、
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弥山本堂(大聖院)。創建 806年ごろ。ご本尊は虚空蔵菩薩、脇時に、不動明王、毘沙門天。
みんな、ベンチや石段に腰を掛けて、一息入れています。弥山に登ると白人の比率が高くなります。50%ぐらいは白人です。流石は世界遺産、ガイドブックにしっかりと紹介されているのでしょう。道ですれ違うとき、「こんにちは」と声を掛けてみると、必ず、「コンニチハ」と返してくれます。ここが宗教的霊場とよく承知しているのでしょう。みなさん、礼儀正しくもの静かでです。

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本尊・虚空蔵菩薩と弘法大師像。

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霊火堂。弥山本堂の向かいにあります。806年に弘法大師が修法を行った際の霊火が、1200年以上たった今も「消えずの火」として燃え続けています。建物の中から、煙が立ち昇っています。

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手前の釜の下で焚かれている薪の火が「消えずの火」です。小さな火で、静かに燃えています。この釜の湯は、自由に飲んでよいそうです。万病に効くとか。祭壇に祀られているのは、不動明王のようです。アル一家は、「無病息災」の蝋燭を献じて、祈りました。

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神変大菩薩。誰? と思うかもしれませんが、役行者です。役行者は、全国の山を歩いて、山の神様のいる場所を修験道の霊場にしました。空海もまた、山の神様と繋がることのできる人でした。弥山は、神様のいる山です。

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三鬼堂。弘法大師空海が弥山を開基した時、「福徳」、「知恵」、「降伏」を司る三鬼大権現を勧請し祀ったのが始まり。
それぞれ、大日如来、虚空蔵菩薩、不動明王を本地仏とする。元は、御山神社に祀られていたが、神仏分離令により、現在の三鬼堂へ遷されました。どん、どん、どんという大きな太鼓の音とともにご祈祷が行なわれていました。

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もう暫く歩くと、「くぐり岩」を通って山頂へ。

展望台
比較的新しくて綺麗な展望台です。特に、二階は、板敷きになっていて、座ったり、あまり邪魔にならなければ、ちょっと横になったりと自由度の高い使い方が出来ます。汗ばんだ肌に、風が気持ちいい。景色も、最高です。ここで、昼食を摂りました。

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                                  曳き船。

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呉軍港から出てきた護衛艦。          広島のM社の岸壁に向う自動車専用船。


山頂巨石群
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展望台から見る巨石群。

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何か、感じるかな?

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弥山の巨石群からは「ペトログラフ」と呼ばれる古代文字の彫刻や文様の彫刻が発見されています。これも、そうかな?

これから、下りながら、御山神社へ向います。


干満岩
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海抜500mを超える所にありながら、潮の満ち引きに合わせて、穴の中の水位が変わると云われる岩穴。水には塩分が含まれているといいます。 弥山七不思議の一つ。一定間隔で、水滴の落ちる音がしています。岩のどこかに水溜りがあり、少しずつ、滴り落ちているのでしょう。流石に、味見はしませんでした。

大日堂
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嚴島神社の神護寺。金剛界・胎蔵界の大日如来を祀っています。1376年の建立。


御山神社
今回の宮島旅行の大本命は、厳島神社の奥宮といわれる、この御山神社です。期待が高まります。
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朱の色も鮮やかな鳥居が見えてきました。「さんきさん」と呼ばれているのは、三鬼堂のところで説明したように、以前は、ここに三鬼大権現が祀られていたからですね。参道を暫く進むと、

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二の鳥居と神門。

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神門を潜るとすぐ目の前に、3つの社殿が現れます。右手前(左殿)に田心姫命、左に湍津姫命、奥に市杵島姫命がお祀りされています。ここは、時折囀る小鳥の声しか聞こえない静寂の世界です。ゆっくりとお参りさせていただきました。

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市杵島姫命の社では、光の柱が見えましたが、特別なヴィジョンやメッセージはありませんでした。

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お社の後は、磐座になっています。

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やや、期待外れ感はありましたが、二の鳥居の外に出て腰を下ろして一休みです。足下の岩を見てびっくり。写真では、その大きさが伝わりませんが、御山神社全体が、この岩の上にちょこんと載っているほどでっかい岩です。

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目の前の景色を見ながら 30分ほど過ごしました。その間、誰も訪れることはなく、静かで、とにかく気持ちのよい空間です。ここに山の神様がおられるのでしょうか? アル一家は大満足で、これから下山です。

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一の鳥居までの参道で、トカゲの見送りを受けました。道を横切ったので、「写真を撮るから待って」という声に応えて、暫く、じっとしていましたが、シャッター音とともに岩陰に消えていきました。犬・猫・トカゲ・ヘビは、、神様がお迎えやお見送りのために遣わしてくれていることがありますので、そう感じたら、話しかけてみてください。こちらの声掛けに、何らかの反応を示すことが多いです。

これから、弥山本堂を経てロープウェイ駅に向かい、下山。もう一度、大願寺の弁才天にお参りします。

つづく

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2017'06.22 (Thu)

5月22日 宮島①

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使用カメラ:ソニーα55
担当:アルパパ

5月22日。広島県の宮島に行って来ました。 21年振りの訪問です。
5月初めの福岡旅行から帰ってから、レイキをしているときに、アル姉が宮島を空から俯瞰しているイメージを受取りました。
宮島といえば、厳島神社。宗像大社と同じように市杵島姫命を祀ってありますので、今度こそ、弁才天と繋がれるのかも・・・と思い、頃合を見計らって出かけてみました。
福岡旅行では、何の下調べもせずに宮地嶽神社を訪ねた結果、大事なところを見過ごしてしまった反省から、今度は、ある程度下調べをしました。

厳島神社
厳島神社には、もう、何度もお参りしていますので、今更、目新しいこともないと思います・・・。

弥山
宮島の弥山(みせん)は標高535 mの山。806年に空海が開山し、真言密教の修験道場となったと伝えられており、山頂近くには、大聖院の数々の堂宇があり、また、山頂一帯には磐座とみられる見られる巨石群がある。他にも、山頂付近に、厳島神社の奥宮といわれる御山(みやま)神社がある。厳島神社は、何度も行ったことがありますが、弥山にはまだ登ったことがないので、今回は、ここをポイントと決め、空海ゆかりの場所と御山神社を訪ねて弥山に登ることにしました。

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弥山へ登るのにロープウェイを利用するのなら、JRではなく、「宮島松大汽船」の往復割引切符がお得です。フェリーとロープウェイ合わせて 1800円です。

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遠ざかる宮島口。近づく、厳島神社の大鳥居。残念ながら、潮は引いていますす。海に浮かぶ回廊と社殿は見られないようです。

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平清盛像と厳島神社・世界遺産記念碑。
厳島神社の社伝によると、593年、当地方の有力豪族・佐伯鞍職が社殿造営の神託を受け、勅許を得て市杵島姫命を祀る社殿を創建したことに始まるとされ、「イツクシマ」という社名も「イチキシマ」が転じたものとする説もあるということなのですが、平安時代に、平清盛が安芸守になったのを契機に平家一族から崇敬を受け、1168年頃、平清盛が社殿を造営し現在と同程度の大規模な社殿が整えられ、平家一門の隆盛とともに厳島神社も栄えて平家の氏神となった。ということで、ここに平清盛像があります。
厳島神社の建造物群と背後の弥山を含む森林区域が、1996年、文化遺産に登録されている。
(※ 「いつくしま」というのは、「神に斎く(いつく = 仕える)島」というのが語源とも)

厳島神社
厳島神社については、上でも簡単に紹介しましたが、ご祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめ)、田心姫命(たごりひめ)、湍津姫命(たぎつひめ)の宗像三女神です。宗像大社では、弁才天から何かのメッセージがあるかと思っていましたが、降りてきたのは、田心姫様からのメッセージのようでした。ここではどうでしょうか・・・。

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客(まろうど)神社の拝殿前にお祓いをするところがあります。ここで、自分でお祓い済ませてから、回廊を進んでいきます。

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生憎、引き潮中で、海に浮かぶ社殿と回廊は見られませんでしたが、その代わり、初めて、鏡池を見ることが出来ました。
ここは、弥山からの伏流水が湧き出しているところ。円く石で縁取りがしてあり、手鏡のような形をしているので鏡池というのでしょう。他にも、清水の湧き出ている箇所が何箇所かあります。

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祓殿。右手前は平舞台。

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拝殿。拝殿でアル姉は少し集中してみました。確かに、白い光は見えましたが、わざわざ宮島まで来たのに、これで終りはないなぁ? 釈然としないまま、次へ進みます。

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拝殿から見た祓殿、平舞台、大鳥居。

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白人観光客が多く、順番待ちでやっとパチリ一枚。

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大国神社と天神社(菅原道真公)。

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能舞台。

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反橋。天皇の御遣いが通る勅使橋です。

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厳島神社は一方通行です。参拝を終え出口に向かいます。


大願寺
実は、この大願時というお寺は、ノーマークでした。今までにも、何回か宮島を訪れたことはありますが、眼に入ったこともありませんでした。ところが、今日は、何で、ここにお寺の門があるのだろう? ということで足を向けてみました。

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山門だけで塀はありません。なので、山門の横を通って奥へ進むと、

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これは、何、! ここの地面からエネルギーが噴出しています。

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何でだろうと近寄ってみると、近くに龍神様がお祀りされています。宮島は、有名な龍穴(龍神エネルギーが噴出しているところ)です。この松の天にも昇るような勢いは、龍神エネルギーによるものなのですね。この松は、伊藤博文が手植えしたと伝わるもので、「九本松」といいます。

ただならぬ気配を感じながら、奥へ進むと、
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えっ、弁才(財)天。かなり、仰天した感じです。弁才天=市杵島姫命の先入観に捕らわれたまま、厳島神社に来たので、弁才天がこの大願寺にお祀りされているとは予想もしていませんでした。アル姉も早速手を合わせていますが、「厳島神社の大鳥居が見える」。いつもながら、降りてくるヴィジョンは謎解きです。「何故、厳島神社の鳥居なのか?」。「よく、判らないけれど、弥山から下りたら、もう一度寄ろう」ということにして、寺域内を一回りすると、

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護摩堂。中(撮影禁止)には、丈 5mを超える超巨大不動明王。明治初期に焼失したものを 2006年に再建したものだそうです。総白檀づくり、重さ 7トンだそうです。これほど大きな不動明王は見たことがありません。不動明王は、ご縁を結んで守護をお願いしたい仏様です。不動明王の前に真言が書かれていますので、ここで覚えてご縁を頂くといいです。「ノウマク サーマンダー バーサラダン センダーマーカロシャーダー ソヤタヤ ウンタラター カンマン」。魔を払ってくれます。

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思いも寄らぬ進展に驚きながら、今度は、ちゃんと門を潜って出ました。振り返って見ると、「厳島弁財天」の大きな看板が・・・。見えた鳥居のヴィジョンは、厳島神社を現しているのでしょうか。


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白い狸
鹿は、あちこちとたくさんいるのですが、大願寺を出てロープウェイ駅に向かう途中、道の15m程前方を白い狸が横切りました。ゆっくりですが、3mほどの細い道ですから、カメラを構える間もなく、塀の中に消えていきました。アル姉は、塀の中に消えていくお尻と尻尾をちょっとだけ。アルママはまったく気づかずでした。
白い狸
「宮島 白い狸」で検索すると、人気者らしく、一杯記事が出てきます。(写真は、ネットから拝借)

紅葉谷
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ロープウェイ駅に向う途中、紅葉谷園地を通ります。新緑が気持ちいい。

宮島ロープウェイ
宮島ロープウエーは、循環式と交走式の2種類の方式のロープウエーを連絡して運行しています。
紅葉谷駅~榧(かや)谷駅間は、循環式。6人乗りの搬機が所定の間隔で出発している。
榧谷駅~獅子岩駅間は、交走式。2台の客車(30人乗り)が山頂と山麓を交互に往復。
榧谷駅の標高は、約 370m、獅子岩駅の標高は、約 430m。乗車時間は、両方合わせて、15分程度。


つづく

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